最近、よく聞くようになった"発達障害”という言葉、昔はそう聞かなかったはず。
ADHD*1の人って増えているの?実際どうなのか?という疑問についてここで紹介したいと思います。
【スウェーデンにおける大人から子どもまでを対象にしたADHDの最新疫学調査】
原文はこちらから↓
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Prevalence, Patient Characteristics, and Pharmacological Treatment of Children, Adolescents, and Adults Diagnosed With ADHD in Sweden.
MaiBritt Giacobin, Emma Medin, Ewa Ahnemark, Leo J. Russo, and Peter Carlqvist.
PRIMA Barn och Vuxenpsykiatri AB, Stockholm, Sweden
Journal of Attention Disorders 2018, Vol. 22(1) 3 –13
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発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)
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本記事は株式会社ライデックによって作成されました。
できるだけ、簡単でわかりやすい言葉で、英語を日本語に意訳していますが、
データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。
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【要約】Abstract
今回紹介するのは、スウェーデンで行われた疫学研究 (2006年〜2011年)だ。
およそ6年間におよぶ国民の病気や薬の記録をもとにADHDについて分析している。
果たして本当にADHDは増加しているのだろうか。
結果をまとめると、
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ADHDの年間有病率は、1,000人あたり1.1人 (2006)から、4.8人 (2011)に増加していた。
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近年、男性の割合が減り (女性の割合が増え)、22歳以上のADHD者が多くなってきた。
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ADHDと診断された人の約8割は薬物治療を受けていた。*2
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メチルフェニデートが第一選択薬 (83.5%)として処方されていた。*3
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年齢が高まるほど、より高い割合で合併症が見られた。
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スウェーデンでは、ADHDの人の数は年々増加していた。
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【研究背景】 Introduction
<じっとしていられない、思ったことをすぐに口にしてしまう、忘れものが多い>
ADHDは子ども特有の疾患だと思われてきましたが、最近ではその認識は改められ、
その行動学的特性は子どもから大人まで広くみられる疾患だとわかってきている。
しかし、「ADHDの大人はどの程度いるのか?」「最近増えてきているのか?」
など、正確な全容は未だつかめていない。
世界でのADHD有病率は5.3%といわれているが、
これは性別や年齡、そして地域間で非常にばらつきが見られる (下記図)。*4
スウェーデン政府機関の2002年の調査報告*5によると
ADHDの有病率は子ども (学生)の3-5%程度 (30人クラスに1人程度)だと推定されている。
子どものころにADHDと診断された人はその約50-75%が大人になってもその症状が残る。*6
これらのことから、成人のADHDの有病率は子どもの約半分の1.5-2.5%程度になるのでは?
と思うかもしれない。
しかし最近では大人になってからADHDの診断を受ける人が増えていて、その実態は不明だ。
スウェーデンなどの北欧諸国は国民背番号制度が行き届いており、
患者の情報をDBへ登録することが国によって義務付けられている。
この疫学研究でも以下の2つのDBをデータソースとして利用したと書かれている。
・National Patient Register (NPR:全国患者登録簿)
・Prescribed Drug Register (PDR:処方薬登録簿)
ADHDの有病率や治療経過などの疫学調査にはこういったビッグデータは好都合で、
国民全体が母集団なので、より正確な数字が期待できる。
ここで紹介している疫学調査は次のことを明らかにするという目的で行われている。
・ADHDの人はどのくらいいるの?増えてるの?
→既に登録された人の有病率の推移
→新たに診断が登録された人の数の変化
・ADHDの治療はここ最近で変化しているの?
→処方された治療薬の種類、年齡や年代ごとの変化
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2006年から2011年までのスウェーデン国民のADHD有病率の推移を調べた
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【研究結果】Results
上の図1はADHDの診断を受けた人の総数を示したグラフだ。
9,926人 (2006) → 45,818人 (2011)
右肩上がりで明らかに数が増えていることは言うまでもない。
(当然、診断を一度受けた人は除外されないので増え続けるわけだが)
問題は数の増え方がここ5年で2倍以上に増大していることだ。
2006 → 2007 (+5,148人)
2010 → 2011 (+12,452人)
これは、新たにADHDの診断を受ける人が年々増えていることに由来しており、
スウェーデンの総人口が900万人強であることを考えると、
毎年1万人以上の患者が増えていることは驚くべき数だと思う。
ADHDの年次有病率(1,000人あたり)も増加の一途を辿っている(図2)。
これは国民の数の変化によらず(実はスウェーデンの総人口は年々増えている)
1.1 (2006) → 4.8 (2011)
全体に占めるADHDの人口の割合が年々増加していることを示している。
特に女性の有病率はこの6年で急激に高まっている。
0.6 (2006) → 3.6 (2011)
これが昔はADHDは男性に多いと言われていた理由の一つだと考えられる。
実際には男女比は1:1なのではないかと個人的には思っている。
近年の男女比の変化(図3)をみると女性の割合が増えてきていることがわかる。
27.3 (2006) → 37.3 (2011)
有病率の変化でも述べたとおり、男性より女性の方が増加率は高い。
新たに診断されたADHDの人の割合を見ても、その男女の差は年々縮まってきている。
決して男性の数が少なくなってきているわけではなく、
これまで診断を見過ごされてきた女性も社会進出することによって受診数が増え、
社会全体の女性におけるADHDの認知が広まったことによると考えられている。*7
興味深いことに、昔と今とではADHD者の平均年齢は有意に高くなっている(図4)。
2006年では平均19歳だったが、2011年には23.3歳になっている。
年齡分布を見ると、2011年には特に22歳以上の人の割合が高くなっていることがわかる。
26.8% (2006) → 42.2% (2011)
これは、最近耳にするようになった「大人の発達障害」という言葉のきっかけで、
新たにADHDと診断をうける人の半分以上が成人(18歳以上)であるということに由来している。
これまで何らかの理由で未受診だった人、グレーゾーンと呼ばれる人たちは数多くいる。
近年、社会に求められる能力がマルチ化する中で“困りごと”を抱える人たちが
精神科クリニックを受診し、新たにADHDと診断されるケースが増えてきている。
スウェーデンでは、ADHD者のうちおよそ8割の患者が薬物治療を受けていた。
ADHDの治療薬は主に4種類 (成分名)
・メチルフェニデート、アトモキセチン、アンフェタミン、モダフィニル
処方された薬の大部分はメチルフェニデートが占めていたようだ (83.5%)。
メチルフェニデートの中でも徐放性経口製剤 (OROS)が最も多く用いられていた。
これは製品名で言う「コンサータ」にあたる。
ただ、最近は改変放出型による薬剤伝達様式が改善されてきたので、
日本で販売されなくなった「リタリン」の処方も決して少なくなかった。
あくまで2006年~2011年時点での薬の話であり、
現在とは薬の事情が多少異なっている点にも注意が必要だ。
日本では3剤がADHD薬として認可・処方されている(2018年7月現在)。
・メチルフェニデート (コンサータ)、アトモキセチン (ストラテラ)、グアンファシン(インチュニブ)*8
ADHD者は何らかの併存疾患を抱えることも少なくない。
(表1)にあるとおり、成人と子どもでは全く異なる併存疾患を持つことがわかった。
さらに、年齢を追うごとに併存疾患を併発している人の割合は増えるようだ。
15.2% (0-5歳) → 36.3% (≧22歳)
【結論】Conclusion
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ADHDは決して珍しい発達障害ではない
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この記事を読んだ人の多くは、こういう印象を持つかもしれない。
「最近はADHDが増え続けてるけど、医者が増やしてるだけじゃないの?」
確かに、昔より簡単にADHDの診断は出やすくなっていると思う。
診断基準の裾野が広がってきたので数が増えるのは当然のことだろう。
診断基準が年代によって異なることも考慮しなければならない。
ここで紹介した疫学調査でも2006年から2011年の間にICD-10の分類の中にある
F90.0 → F90.0Bへと移り変わってきたという背景がある。
ADHDの診断は地域および年代によって異なり、必ずしも一貫したものでない。
当時の診断基準によって左右される部分が大きいので、
過去にADHDとされなかった人たちが今になってADHDと診断される。
見かけ上「大人のADHDの数が増えている」ということになっているのかもしれない。
ADHD者は他の疾患を併発していることは珍しくないので、
ADHD治療薬の第一選択とすることも大事だが、それだけで様々な症状は改善されない。
特性を踏まえた薬物+非薬物療法も考えていかなければならないだろう。
最後に、スウェーデンと日本ではADHDの実態像も大きく異なるはずなので、
この記事の情報をそのまま日本にも当てはめることはできないことは注意が必要です。
この研究はスウェーデンでしたが、アメリカと日本のADHD有病率を見てみましょう。
アメリカでもADHD診断が増え続けており、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)統計では4-17歳の子どもにおいて2003年に7.8%から2012年には11.0%へ上昇しています。増加傾向はスウェーデンと一致してますが、その率はおよそ3倍ですね。また、アメリカにおけるADHD患者の服薬率は62%。2-17歳の30%は薬物のみ、15%が行動療法のみ、32%がその双方、そして残る23%が治療を受けていないようです。
一方我が国の統計においては、全国的に本格的な疫学研究が無いため信頼できる数字がはっきりわからないのが現状です。ADHDに関しては文部科学省の公立小中学校を対象とした調査からは約4%と推定されているが、信頼の高い疫学研究が十分とは言えません。 (代表ブログより)
日本でもスウェーデンと同様に国がデータベースを整備し、
患者のデータを積極的に収集しなければ発達障害の実態はつかめない。
今後の日本の疫学研究のいち早い進展を願っています。
*1:注意欠如・多動症(Attention Deficit and Hyperactivity Disorders)
*2:薬物治療を受ける患者の最も多い年齢層は12ー17歳の青少年の 84.7%
*3:なかでも徐放性経口製剤ー浸透圧を利用した放出制御システム (OROS)が最も使用されていた (52%)
*4:Polanczyk, G., de Lima, M. S., Horta, B. L., Biederman, J., & Rohde, L. A. (2007). The worldwide prevalence of ADHD: A systematic review and metaregression analysis. American Journal of Psychiatry, 164, 942-948.
*5:
National Board of Health and Welfare. (2002). ADHD hos barn och vuxna. Kunskapsöversikt [Children and adults with ADHD. Review]. Retrieved from http://www .socialstyrelsen.se/Lists/Artikelkatalog/Attachments/10942 /2002-110-16_200211017.pdf
*6:Biederman, J., Wilens, T., & Spencer, T. J. (2007). Diagnosis and treatment of adults with attention-deficit/hyperactivity disorder. CNS Spectrums, 12(Suppl. 6), 1-15.
*7:
Polanczyk, G., de Lima, M. S., Horta, B. L., Biederman, J., & Rohde, L. A. (2007). The worldwide prevalence of ADHD: A systematic review and metaregression analysis. AmericanJournal of Psychiatry, 164, 942-948.
*8:インチュニブは6~17歳の子どもへのみ認可されているが、2019年中には成人適応される予定