<はじめに>
最近、「インターネット依存症」という言葉をよく耳にします。ほとんどの場合、医学的にいう「依存症」のような病的な状態ではなく、日常的な意味で使っていると思います。人によっては思い浮かべるものも異なってくるのではないでしょうか。
- 四六時中スマホゲームに夢中な姿
- 自室にひきこもりながらオンラインゲームをする姿
- PCでSNSやチャット、通話ばかりしている姿
実はインターネット依存*1という疾病名は正式には存在していない。依存症という言葉には「アルコール」や「薬物」のような物質依存が挙げられるが、ギャンブルのような行動上の依存もある。1日インターネットが使えなくても、耐えられない人はそう多くはないのではないだろうか。それでは、インターネット依存症は存在しないのか。
今月WHO総会で正式に発表されるICD11の中には「ゲーム障害」が初めて登場し、DSM5においても今後検討すべき疾病として「インターネットゲーム障害」が取り上げられている。これまで疾病として認められてこなかったインターネットに関わる嗜癖だが、これからの社会では明確に疾病として認識されるようになっていくと思われる。私自身、2017年の不安症学会にて、久里浜医療センターの樋口進氏の「インターネットゲーム障害の診断と治療」の講演を聞いて、改めて障害だと認識した節がある。
久里浜医療センターでは、インターネット依存は21世紀のメンタルヘルスという題で次のように紹介されている。
近年ではスマートフォンの伸び率が高く、世帯のスマートフォンの保有状況は2010年には9.7%であったものが、2016年時点では71.8%にも及んでいます。かつてはすえ置き型のパソコンでしか利用できなかったネットが、いつでもどこでも手軽に使用できる、身近なものになってきていることが伺われます。
このようにネットが身近なものになる中で、その使用時間も、年々、上昇傾向にあることが報告されています。総務省情報通信政策研究所が発表した「平成28年情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によると(総務省・2017)、ネットの平均使用時間は、平成24年度では71.6分(平日)であったものが、平成28年度には平日で99.8分、休日では120.7分と、年々増加傾向にあることが示されています。
さらに、低年齢からのネット使用も増えている傾向が見受けられます。内閣府の「低年齢層の子供のインターネット利用環境実態調査」によると(内閣府・2017)、0才児の3.1%、1歳児の9.1%、3歳児の28.2%がネットを使用した経験があることが報告されています。
このように、昨今のわが国におけるネットの使用状況としては、スマートフォンの急速な普及による身近な利用、長時間化、低年齢から使用開始の傾向が見受けられます。
このような急速なネットの普及により、ネット依存はわが国においてすでに深刻な問題になっています。わが国における青少年のネット依存の実態に関しては、ネット依存が強く疑われる者が51万8千人にのぼるという推計を行っています(Mihara et al・ 2016)。
図説・日本の精神保健運動の歩み 「こころの健康シリーズⅦ」(21世紀のメンタルヘルス)
【日本の大学生のADHD特性(自己評価)とインターネット嗜好】
今回紹介する研究は札幌にある「ときわ病院 こども発達センター」からの報告だ。
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“インターネット依存”と“ADHDの特性”に関連性はあるかどうかを調査している
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原文はこちらから↓
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Internet addiction and self-evaluated attention-deficit hyperactivity disorder traits among Japanese college students
Author|Masaru Tateno
Institution|Department of Child Psychiatry, Tokiwa Child Development Center, Tokiwa Hospital, Sapporo, Japan
Journal|Psychiatry Clin Neurosci
Published|30 August 2016
DOI | https://doi.org/10.1111/pcn.1245
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【要約】Abstract
<簡単なまとめ>
若者の深刻なインターネット依存は社会からの隔絶(引きこもり)を招く一因になりかねない。ADHDは依存になりやすい脳の特性を持っている。果たしてADHD的な特性をもつことで、インターネット依存に陥りやすいのだろうか。日本の大学生403人を対象にアンケート調査を行った。
調査の結果をまとめると、
- 15人(3.7%)が重度のインターネット依存だった
- 男性はゲーム、女性はSNSでインターネットを主に利用していた
- ADHD特性がある人はインターネット依存度がより高かった
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インターネットの依存的な使用はADHD特性と関連があるかもしれない
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【研究背景】 Introduction
<ゲーム依存>
インターネット依存は大抵、ゲーム依存のことをいうことが多い。いわゆるオンラインで他者と一緒にゲームをするスタイルのゲームで、そこには家庭用ゲームだけでなくスマホのゲームも含まれる。近年、目に見えて若い世代で問題が表面化してきており、特にアジア圏で強く問題化しているという*2。例えば、台湾では小中学生の10%以上が、日本の10代の2.8%〜9.9%がインターネット依存の疑いがあるという報告がある*3。
「たかがゲームなのに大げさな…」と思う方もいるかも知れません。しかし、ゲーム依存の脳活動はアルコールやギャンブル依存と似通っていることがわかっています。ゲーム依存になると著しく生活が障害され、身体および精神面に重大な不具合が生じます。
<ネット依存と発達障害>
インターネット依存はさまざまな"精神上の問題”と深く関わりがあるといわれている*4。特にADHDは最もインターネット依存と併存することが多い疾病の一つだといわれている。例えば、トルコの研究では60人のインターネット依存者のうち53人(83.3%)がADHDだったと報告している*5。アジア諸国の研究では数多くのADHDとネット依存の関係を示す報告がある*6。
<日本の大学生を集めてアンケート調査を行った>
今回行われた調査は、札幌にある5つの大学に通学する515人の新入生たち(18.4 ± 1.2歳)を対象にして行われた。筆者らがSNSを利用して参加者を募っており、全員がインターネットを日常的に利用している。彼らにいくつかの質問紙*7を各大学の教員に配布してもらい、その回収したアンケート結果をもとにデータを解析している。
<ADHDとインターネット依存の自己評価>
本調査では、成人期のADHD自己記入式症状チェックリスト (ASRS)とインターネット依存度テスト(IAT)の2つをメインに行っている。これらのセルフチェックは誰でもウェブで手軽に行うことができる。自身がADHD特性を持っているのか、インターネット依存の傾向があるのかどうかを簡易的に判断することができる。(下記のサイトから実際に取り組むことができる)
ADHD症状チェックリスト:成人(18歳以上)用|大人のためのADHDサイト
IAT | スクリーニングテスト | 病院のご案内 | 久里浜医療センター
本調査の目的は簡単に言うとこうだ。
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日本の大学生のネット依存者はADHD特性があるのか
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【研究結果】Results
<18歳の大学生のインターネットの利用状況>
結果を見てみると、平均してインターネットの利用時間は非常に長いことがわかる。
また、IATの結果はおよそ6割の人が中程度のインターネット依存を示していた。
一方で、高い依存度の人は4%に留まった。
<18歳の大学生のADHD特性>
次にASRSの結果を示した。約3割の学生がADHD特性を持つことがわかった。
※PartAは非常に簡便なものであり、これだけでADHDの確定診断が付くわけではない点は留意したい。
<ADHD特性の有無とインターネット利用の関係>
上記、ASRSとIATの2つの結果の関連性を解析した結果、面白いことがわかった。
1つ目は「ADHD特性はインターネット利用時間と関係がない」ということだ。
2つ目は「ADHD特性はインターネット依存度を高める」ということだ。
ADHD特性があるグループだけで見ると、依存症状があると見られる70点以上の割合は8%だった。この数字はADHD特性がないグループの2%を大きく上回っており、ADHDの特性がインターネット依存になりやすいことを示唆する結果となった。
【結論】Conclusion
<まとめ>
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日本の大学1年生は世界と比べ、ネット利用時間は非常に長く、ネットの依存度が高かった。特にADHD特性を持つものはネットの依存度が高い割合が多かった。
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<発達障害がインターネットにのめり込む原因なのか>
本研究の結果で、よりADHDとインターネット依存の関係性が明らかになった。しかし、なぜADHDの特性があるとインターネットに依存しやすいのだろうか。その回答の一つとして、現実の中で上手くいかない対人関係があるかもしれないと私は思っている。発達障害のある子どもたちは、友達が欲しいと思っていても、不器用で現実の中でうまく友達を作ることができないことも多い。一方でインターネットでは、複雑で直接的な対人関係を避けられ、オンライン上でのコミュニケーションに居心地をよく感じ、のめりこんでしまう原因となっているのかもしれない。
発達特性が対人関係の問題(対人恐怖や友人劣等感)を通じて、インターネット依存傾向に影響を与えるという因果モデルを検証した実験がある。そこでは、ADHDの対人恐怖がインターネットでのコミュニケーションを嗜癖する要因になることが示唆されている。
(大学生の発達障害傾向がインターネット依存傾向に与える影響
ー対人劣等感と対人恐怖を媒介した因果モデルの検証ー・菊池創ら)
<それは発達特性なのか、インターネット依存なのか>
過去の研究で明らかにされているように「インターネット依存」のある人は、ほかの精神疾患の特性を持っていることが多いように思う。本調査結果においても、依存度の高い人のほとんどはADHD的な特性が存在していた。例えば、ADHDの特性である“過集中”やASDの特性である“こだわりの強さ”が、ある時インターネットに向けば何時間もインターネットをし続けることもあるだろう。しかしこれはインターネット依存というよりは発達特性が影響した結果として捉えたほうがしっくりくる。インターネット依存を考えた時、その根底にはなにか別の疾病が潜んでいる、物質(アルコール)・行動(ギャンブル)依存のように脳機能が障害を受けていると考えてもよいのかもしれない。
発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)
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本記事は株式会社ライデックによって作成されました。
可能な限り、簡単でわかりやすい言葉で日本語に意訳するように心掛けています。
データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。
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*1:報酬や動機付け、記憶などに関わる脳の機能不全を生物学的に示すものを「嗜癖」と呼んでいるが、一般的には依存症と呼ぶことが多いため、この記事では依存症という言葉を使用する
*2:Yen CF, Yen JY, Ko CH. Internet addiction: Ongoing research in Asia. World Psychiatry. 2010; 9:97.
*3:Chen YL, Chen SH, Gau SS. ADHD and autistic traits, family function, parenting style, and social adjustment for Internet addiction among children and adolescents in Taiwan: A longitudinal study. Res Dev Disabil. 2015; 39:20–31.
Nakayama H, Higuchi S. Internet addiction. Nihon Rinsho. 2015; 73:1559–1566.
*4:Ko CH, Yen JY, Yen CF, Chen CS, Chen CC. The association between Internet addiction and psychiatric disorder: A review of the literature. Eur Psychiatry. 2012; 27:1–8.
*5:Bozkurt H, Coskun M, Ayaydin H, Adak I, Zoroglu SS. Prevalence and patterns of psychiatric disorders in referred adolescents with Internet addiction. Psychiatry Clin Neurosci. 2013; 67:352– 359
*6:Cao F, Su L, Liu T, Gao X. The relationship between impulsivity and Internet addiction in a sample of Chinese adolescents. Eur Psychiatry. 2007; 22:466–471.
Chou WJ, Liu TL, Yang P, Yen CF, Hu HF. Multidimensional correlates of Internet addiction symptoms in adolescents with attention-deficit/hyperactivity disorder. Psychiatry Res. 2015; 225:122–128.
Yoo HJ, Cho SC, Ha J, Yune SK, Kim SJ, Hwang J. Attention deficit hyperactivity symptoms and Internet addiction. Psychiatry Clin. Neurosci. 2004; 58: 487–494.
Yen JY, Yen CF, Chen CS, Tang TC, Ko CH. The association between adult ADHD symptoms and Internet addiction among college students: The gender difference. Cyberpsychol. Behav. 2009; 12: 187–191
*7:デモグラフィックス(年齢・性別等)、インターネット利用状況、成人期のADHD自己記入式症状チェックリスト (ASRS)、インターネット依存度テスト(IAT)