RIDC_JPのブログ

最新の医学研究情報を「正しく」かつ「わかりやすく」伝えるためのブログ

株式会社ライデック(発達特性研究所)の公式ブログ

【妊婦×環境リスク】 妊娠中の発熱や解熱剤の服用は子どもの発達障害に関連があるのか。

***********************************************

ライデック広報のサハラです。当ブログを弊社のHPやTwitterでも紹介しました!まだまだ記事の数は少ないですが、今後も少しずつ増やしていきますのでお気に入り登録、いいね等応援よろしくお願いいたします。また、読者のみなさまから紹介してほしい発達障害の話題や記事に対するコメントもお待ちしています!

***********************************************

 

発達障害の発症はさまざまな要因が複雑に絡み合って生じる多因子遺伝病です。確実に遺伝する遺伝病と異なり、発達障害はその発症の要因が両親(の遺伝子)にあるとは言い切れません

 

但し、遺伝子の影響は相当に大きいことは確かでもあります。「遺伝子+環境」という研究は神経科学領域で非常に注目を集める研究テーマです。代表のマツザワと広報のサハラもこのテーマで研究をしてきました。子どもの脳の発達に環境がもっとも強く影響を与えるのはいつだろうかと考えた時、それは妊娠期ではないでしょうか

 

妊娠期の環境因子で有名なものは、例えば“葉酸"です。 

Surénらによるノルウェーでの前向きコホート研究は、妊娠の4週前から妊娠8週までの葉酸摂取により、ASD罹患リスクが減少することを示唆している。 また、Schmidt らは妊娠第1ヶ月の葉酸の摂取量が600 μg/日以上のとき子どものASD罹患リスクが減少する。

 また同様に、“ビタミンD"も有名ではないでしょうか。

Whitehouse らにより、妊娠18週の血中ビタミンD 濃度の低い母親から生まれた子どもはASDの発症リスクが高くなるという疫学研究結果が示された。また、母親の血中ビタミンD濃度が高いと、子どものADHDの発症リスクが低下するとの報告もなされている。

心理的ストレスも環境因子としてイメージしやすいですね。

1980年から1995年の間にルイジアナで台風による災害に見舞われた妊婦 から産まれた子どもに関し、自閉症のリスクが増加した。また、離婚や転居などによる妊娠中の心理的ストレス、あるいは妊娠中の重度の不安状態は、生まれてくる子どものADHD発症リスクを増大させる。

・・・(中略)

妊娠中のストレスは、生後の脳における炎症性反応を惹起する、または惹起しやすくすることにより、脳機能や行動異常を誘発している可能性も考えられる。

 

日衛誌 (Jpn. J. Hyg.),71,188–194(2016)より

 

“妊娠期"の環境の影響による発達障害の発症リスクについて、弊社ブログで紹介していこうと思います(以下、原著論文を3回に渡って紹介していく予定)。

 

※この記事は以前に当社のホームページで公開している内容と同一になります。

 

【妊娠中の発熱や感染症と子どものADHDの発症に関連性はあるか

 

f:id:RIDC_JP:20190605150225j:plain



原著論文はこちらから↓

***********************************************

Title|Fever and infections in pregnancy and risk of attention deficit/hyperactivity disorder in the offspring

Author|Julie Werenberg Dreier

Institution|Institute of Public Health, University of Southern Denmark, Esbjergn

Journal|Journal of Child Psychology and Psychiatry 57:4 (2016), pp 540–548

DOI|doi:10.1111/jcpp.12480 

***********************************************

 

【要約】Abstract

f:id:RIDC_JP:20190605150229j:plain



今回紹介するのは、1996-2002年にデンマークで行われた大規模コホート研究(prospectively: 前向き研究)の結果だ。発熱および感染症は、妊娠中の一般的な事象であり、子孫における神経発達障害に関連することが示されている *1しかし、注意欠陥/多動性障害(ADHD)に関連するエビデンスは、発熱や感染症では示されていない

 

この研究の目的は、妊娠時期および症状の重さを考慮して、子どものADHDの発症に対するこれらの母胎内曝露の影響を調べることであった。1996-2002の長期にわたって約9万人もの妊婦をコホート調査し、「子供のADHDの発症」と「母親の妊娠期の発熱や感染症」との関連性を調べている果たして一般的な事象として起こりやすい発熱や感染症が子のADHD発症リスクに影響があるのだろうか

 

結果をまとめると、

  • この分析では、妊婦の発熱または感染と子どものADHDとの間には関連性は認められなかった
  • 特定の妊娠期間や感染症に的を絞った場合、妊娠9〜12週の発熱および33〜36週目の泌尿生殖器感染(膀胱炎など)によりADHDのハザード比の増大がみられた
  • 妊娠中の発熱の酷さや解熱剤の使用はADHDの発症に関連がないことが示された。

***********************************************

妊娠中の発熱や感染症と子どものADHD発症リスクに関連性は見られなかった。妊娠の時期によっては脆弱な時期があるかもしれないので、感染症に注意はすべきだろう。

***********************************************

 

【研究背景】 Introduction

f:id:RIDC_JP:20190605150219j:plain



<妊婦の発熱なんて当たり前>

発熱および感染症罹患は、妊婦のそれぞれ約25%および60%に起こる一般的な事象である*2。受胎後、数週間以内に胎児の脳の発達が始まるといわれており、胎児の脳は「急速に発達する」誕生前が特に脆弱であると考えられている。この重要な時期に様々な有害物質に曝露された母親は、子どもの脳の発達に影響を及ぼし、機能に長期的な影響を及ぼす可能性がある。一般に、妊娠早期の第1および第2妊娠期における胎児器官形成の時期が脆弱性の亢進期として言われているが、発熱および感染症罹患は神経発達障害の発症要因としてはエビデンスの一貫性は低い。

母親の発熱や感染症が「いつ」「どのように」子供の脳神経発達障害を引き起こすのか、詳しいメカニズムはまったく理解されていない。 

 

<妊娠期の感染症や発熱の影響を評価した研究は少ない>

妊娠中の母親の発熱と感染がその後の神経発達障害に関連するといわれている。現在、主に統合失調症、自閉症、脳性麻痺などの状態に関連することがわかっている*3。妊娠中における感染症の影響と子どものADHDのリスクを評価した研究はほんのわずかであり、発熱の影響を評価した研究は未だ発表されていない。過去の研究はすべて、妊婦の感染症の曝露が子どものADHD発症リスクの増大と関連する可能性があることを示唆している*4。また、別のコホート研究は妊娠後期の発熱がADHD様の機能障害と関連する可能性を示唆している*5

 

この研究の目的は次のとおりである。

***********************************************

妊娠中の発熱や感染症と子どものADHDの発症に関連性はあるか

 ***********************************************

 

【研究結果】Results 

f:id:RIDC_JP:20190605150214j:plain

<妊娠期環境ストレス曝露モデル>

f:id:RIDC_JP:20190605150054j:plain

発熱や感染症にADHDとの因果関係があるとしたら、それはどのような要素からくるのだろうか。筆者らは(図1)のようなモデルを仮説として提唱している。母親の学歴を除くと、その多くは電話調査で得た情報であり、少々不確かな点もある。例えば、「発熱であれば何日間、そして何度の熱を体験したか。感染症であれば何が感染し、どのような症状であったか」等である。また、母親のストレスに関しては少し複雑に質問している。例えば、「経済的に、仕事に、夫にどの程度ストレスを感じているか」などで、その質問は全部で9つあり、その程度を高中低に分類分けしている。これらの要素を変数として“Cox解析”に取り入れている。

感染症や発熱を経験した人たちは、「世帯に子どもが多い」、「より肥満気味」、「喫煙者が多い」、「ストレスが大きい」という傾向があった。しかし、非常に小さな影響であり、ほとんどの感染症および発熱とADHDに因果関係はないようにみえた

 

<発熱や感染症も時と場合によってはハザード比が増す>

f:id:RIDC_JP:20190605150102j:plain

上述したとおり、妊娠中に発熱や何らかの感染症にかかる人はそれぞれ約25%、60%もいる。今回のデンマークのコホートでも同様に発熱が28%、感染症が60%だった(表1)。有意なハザード比(HR)の増加が見られたのは泌尿生殖器の感染症であった。 

f:id:RIDC_JP:20190605150109j:plain

次に、在胎週数毎にわけて細かく調べている。(表2)をみると妊娠初期の後半である9−12週で発熱による影響が強まっている。また、妊娠後期の33-36週で泌尿器の感染症が有意にそのハザード比を増大させている。

f:id:RIDC_JP:20190605150116j:plain

発熱時の解熱剤の使用有無によってもその影響は異なるようだ。発熱に対して解熱剤を使用しなかった場合、13-28週でハザード比がより高くなっているようにも見える(図2)。以前の別の研究によると、妊娠後期にADHDのHRは感染症に対してより脆弱だったという報告がある。これらの結果を受けて、筆者らは次のように考えたようだ。

感染症によるハザード比の増大は発熱によるものというよりは、感染そのものもしくは感染治療によるものなんじゃないか。

 

<発熱の酷さや解熱剤の使用有無はあまり関係ない>

f:id:RIDC_JP:20190605150122j:plain

筆者らはさらに解熱剤の有無による影響を調べた。発熱の酷さを条件に入れて解析を行っている(表3)。しかし、予想していたような結果は得られなかったようだ。ひどい発熱(39度以上で3日以上)であっても有意なHR増加には直結しないようである。解熱剤を飲まなかった人はその発熱の度合いが軽かったことがうかがえるが、ひどい発熱でかつ解熱剤を飲まなかった人らであってもHRが増大するわけではないらしい。発熱そのものや解熱剤の使用有無は胎児にあまり影響を与えないのだろう。

  

【結論】Conclusion  

f:id:RIDC_JP:20190605150209j:plain

 

***********************************************

妊娠中の発熱や感染症と子どものADHD発症リスクに関連性は見られなかった。妊娠の時期によっては脆弱な時期があるかもしれないので、感染症に注意はすべきだろう。

***********************************************

 

<妊娠期は子どもの神経発達の最も重要な時期>

このレポートは多くの女性が一安心できる結果となったのではないだろうか(過剰に感染症を恐れる必要もなければ、発熱した際に解熱剤を無理して控えなくてもよい)。しかしながら、さまざまな胎内曝露が子どもの将来の健康問題につながることは明白であり、過剰に恐れる必要がないまでも栄養やストレス等の外的環境に気をつけるべきではある。このような概念はDOHaD (Developmental Origins of Health and Disease)と呼ばれており、「将来の健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎内環境の影響を強く受けて決定される」という概念である。たとえば、「胎内で低栄養に曝され続けた子は成人になってから糖尿病や高血圧など生活習慣病を発症するリスクが高い」ということは良く知られている。依然として子どもの発達障害が出生前の胎内環境にどの程度影響を受けるのか不明なままである

 

筆者らは妊娠週(在胎週数)が重要だと主張している。妊娠期間全体ではほとんど変化がないのに対して、特定の妊娠週ではADHDのリスクが増大していた。これは確かに尤もらしい推測に思われる。ASDの動物モデルでは、抗てんかん薬であるバルプロ酸を妊娠中の動物に1度だけ投与するが、仔の自閉症様行動スコアはその投与時期に大きく左右される。脳の発達の過程でどのような環境刺激がいつクリティカルな影響を及ぼすのかを明らかにすることが今後の研究課題だろう

 

***********************************************

発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)

本記事は株式会社ライデックによって作成されました。できるだけ、簡単でわかりやすい言葉で、英語を日本語に意訳していますが、データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。また、弊社HPやTwitterにてさまざまな発達特性情報を発信していますので、興味のある方はそちらもチェックしてみてください。

tridc.co.jp

twitter.com

***********************************************

f:id:RIDC_JP:20190418165307j:plain

 

 

 

 

 

*1:Dreier et al., 2014; Khandaker, Zimbron, Lewis, & Jones, 2013; Zhou, 2012

*2:Atladottir, Henriksen, Schendel, & Parner, 2012; Collier, Rasmussen, Feldkamp, &Honein, 2009

*3:Dreier et al., 2014; Zhou, 2012

*4:Arpino, Marzio, D’Argenzio, Longo, & Curatolo, 2005; Mann &McDermott, 2011; Pineda et al., 2007; Silva, Colvin, Hagemann, & Bower, 2014

*5:Dombrowski et al., 2003

自分を知り、自分をかえていく