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前回、本ブログで
について取り上げました。
感染症や発熱によって子どものADHD発症リスクが上がるようなことはありませんでした。解熱剤も成分に依りますが、一般的な市販薬であるロキソニンやアセトアミノフェンはそれほど問題にはならないのでしょう (勿論、高熱時以外に常習して服薬を続ければ話は別なのでしょうが…)。
こういった妊娠時の薬物の危険性については、米国のアメリカ食品医薬品局(FDA)が評価しているのでそちらが参考になります。FDA Pregnancy Category(FDA薬品胎児危険度分類基準)によると、解熱鎮痛剤のアセトアミノフェンは“B”でロキソニンは“C”でした。
FDAは薬剤胎児危険度を5段階に分類(A,B,C,D,X)していて(上表)、簡単に言うと、Aは安全、Bは多分安全、Cは多分危険、Dは危険、Xは禁忌という認識でよいと思います。日本には残念ながらこのような明確な分類基準がなく、海外の基準に頼らざるを得ない。ただし、この分類だけを盲信してはいけません*1。
さて、今回は気になる妊娠中の「ADHD治療薬」の服薬リスクに関する論文を紹介したいと思います。
現在、日本で認可されているADHDの治療薬はおもに3種類あります(2019/6月時点)。メチルフェニデート(コンサータ)、アトモキセチン(ストラテラ)、グアンファシン(インチュニブ)の3種類になります。これらの薬の薬剤胎児危険度を調べてみました。
インチュニブが“B”、コンサータとストラテラが“C”でした。成人適用がコンサータとストラテラのみで、処方の殆どがこの2薬であることを考えると「多分危険」な薬を飲んでいる人が多いことになります。実際のところ、危険性はどの程度あるのか気になりますよね。
ADHD治療薬の種類による効果の違いなどは、弊社で「薬を正しく理解しよう」という無料講座(開催不定期)を行っています。津田沼駅から徒歩8分ほどの場所にあるので、興味のある方は公式Twitterをチェックしてみてください♪
※この記事は以前に当社のホームページで公開している内容と同一になります。
【妊娠期間中のADHD治療薬のリスクについて】
原著論文はこちらから↓
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Title|Maternal and neonatal outcomes after exposure to ADHD medication during pregnancy: A systematic review and meta analysis
Author|Hai‐yin Jiang, Xue Zhang, Chun‐ming Jiang, Hai‐bin Fu
Institution|Collaborative Innovation Center for Diagnosis and Treatment of Infectious Diseases, State Key Laboratory for Diagnosis and Treatment of Infectious Diseases, the First Affiliated Hospital, School of Medicine, Zhejiang University, Hangzhou, China.
Journal|Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2018;1–8.
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【要約】Abstract
注意欠如・多動症 (ADHD)は年々その数が増え続けている発達障害のひとつで、20~30代の女性もその例外ではありません。ADHD者の大半は薬物治療を受けており、日本で成人に処方可能なADHD治療薬はメチルフェニデート(商品名:コンサータ®)・アトモキセチン(商品名:ストラテラ®)・グアンファシン(商品名:インチュニブ®)の3種類の薬があります*2。
今回紹介する論文は、ADHD治療に用いられる薬を妊娠中に飲むと害があるのかどうかを調査したメタ解析レビューです。8つのコホート研究をメタ解析していて、かなり小規模ながら、シンプルな研究でわかりやすい。
結果をまとめると、
- 子どもが新生児集中治療室 (NICU)に入るリスクが増大した (RR 1.88; 1.7-2.08)
- ほんのわずかに子どもの心奇形リスクが増大した (RR 1.27; 0.99-1.63)
今回の解析では、重大な有害事象(胎盤剥離、死産、奇形など)のリスク増加はないという結論に至っており、ADHDの女性が日頃から飲んで生活を安定させているのならば、無理に薬を控える必要はなさそうです。今後は更に多くの研究結果が集まることで、より詳細なADHD治療薬の妊娠期の副作用について知見が蓄積されていくと思います。
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妊娠中のADHD治療薬は、(普段から飲んでいる人が)無理に服薬を控える必要はない
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【研究背景】 Introduction
<実はあまり理解されていないまま処方されている>
ADHDはいまや成人でも全人口の約2%となり、年々増えていることが日本でも注目され始めた。ADHDの人口が増えると同時にADHD治療薬の処方数も当然増えてきている。ADHD治療薬は毎日常用することから、妊娠中でも服用している女性は多いようです。ただ、そのように非常に多くの女性が服薬しているにも関わらず、妊娠期間中のADHD治療薬の服薬のリスクについてはあまり知られていない。
<動物実験では有害だという報告も>
メチルフェニデート(商品名:コンサータ®)・アトモキセチン(商品名:ストラテラ®)などのADHD治療薬は、理論的には胎盤関門を通過して胎児循環に達する。動物試験では、これらの薬剤の子宮内曝露が妊娠及び出産におきて有害な結果と関連していることが報告されている*3。ただ、すべての研究が一致した報告をしているわけではない。また、動物実験の投与で得られた結果は、血中最高濃度の高さや薬物代謝速度などの違いから、そのままヒトには適応できないことが多い。
そこで、筆者のJiangらはADHD治療薬の使用の社会的増加を背景に、妊娠中に薬を服用していた女性のコホート研究をメタ解析によって調査を行った。ここでは、薬を服用していない女性と比較し、薬を服用したことによって妊娠及び出産結果に有害な事象が発生した割合を解析している。
この研究の目的は次のとおりである。
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妊娠中のADHD治療薬の服薬リスクを幅広く理解し、今後のADHDの診療ガイドラインとしていかしていく
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【研究結果】Results
<「ADHD治療薬」×「妊娠」ワードによるメタ解析>
メタ解析では、PubMedおよびEmbaseのデータベースにある2018年5月までに発行された査読付き英語論文を対象にしている。検索ワードは「ADHD Medication (ADHD 薬物治療)」と「pregnancy (妊娠)」で検索し、幾つかの選択フローを経て論文を絞り込み、最終的に8つのコホート研究をメタ解析の対象論文としている。
<グループ分けと結果の定義に関して>
女性はつぎの3分類にわけている。
- 妊娠中にADHD治療薬を飲んだ
- 妊娠中にADHD治療薬を飲んでいないが、妊娠前後に飲んだ
- ADHD治療薬を飲んだことがない
結果はつぎの4つのカテゴリーに分類している。
- 妊娠時の合併症があった (胎盤剥離、産後出血、子癇前症、妊娠糖尿病)
- 悪い出産の結果があった (流産、早産、低体重など)
- 新生児集中治療室(NICU)へ入院した
- 先天性奇形が認められた
<日本のADHD治療薬と事情が異なる点は注意が必要>
ADHDの治療薬にはメチルフェニデート、アトモキセチンの他に、モダフィニル、アンフェタミン、デキサフェタミン、およびリスデキサムフェタミンなどの日本ではADHD治療薬としての承認のない物質*4も含んでいる。
<主な有害事象は次の3つ>
妊娠中の服薬で害のあった(リスクの高まった)事象を選んで表1に示した。妊娠中にADHD治療薬を服用していた女性は、一度も服用したことがない女性に比べてNICUへの入院(RR 1.88; 1.70-2.08)、自然流産(RR 1.89; 1.52-2.35)、子癇前症(RR 1.27; 1.11-1.46)のリスクが高まった。一方で、妊娠中の服薬と妊娠前後の服薬を比較すると、両群に大きな差はなかった。
<コンサータ(MPH)だけに注目した結果>
いくつかのコホート研究では、メチルフェニデートを妊娠中に服薬していると、先天性奇形リスクがあがるという報告をしていた。しかし、表2に示したとおり本研究の解析においては奇形のリスク増加は見られなかった (RR 1.06; 0.91-1.25)。一方で、心奇形に注目するとわずかながらリスクの増加傾向が見られた(RR 1.27; 95%CI, 0.99‐1.63; P = 0.065)。すなわち、ADHD治療薬はバルプロ酸ナトリウムやサリドマイドなどの奇形を誘発し、禁忌とされるような薬剤ではない。服薬することに対して過剰に気にする必要はないだろう。
<妊娠中の服薬だけ控えても仕方ない>
また、本研究では「妊娠前後の服薬」 VS 「妊娠中の服薬」に差があるかどうかも解析している。結果からいうと、妊娠中の服薬と妊娠前後の服薬はほとんどの項目で差がなかった。唯一、差が見られたのが「早産」であり (RR 1.47; 95% CI, 1.24‐1.73;P < 0.001)、その結果として「NICUへの入院」が有意にリスク増加している (RR 1.38; 95% CI, 1.23‐1.54;P < 0.001)。この研究では妊娠前後の服薬と服薬のない群を比較していないため、妊娠前後の服薬の影響は正確には分からない。少なくとも、その他の心配されるような有害事象(糖尿病や胎盤剥離、低体重出産など)はADHD治療薬によって誘発されることはなかった。
【結論】Conclusion
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妊娠中のADHD治療薬は飲まなくてよいならば飲まないほうがよい。ただし、妊娠前後の服薬と比較して差がないことから、既に飲んでいる人は無理に服薬を控える必要はない。
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<ADHD薬だけの影響とは言い切れない>
妊娠中のADHD薬の使用は出産においていくつかの有害事象を誘発していた。しかし、このデータから単純に「ADHD薬がNICU入院、子癇前症、自然流産などのリスクにつながる」とは言い切れない。筆者らもリミテーションにて述べているが、妊娠中もADHD治療薬を服薬しているようなADHD症状が軽度でない母親は、その症状によって(薬ではなく)出生前ケアの順守不良、不健康な生活習慣、そして母親のストレスの増加を招いていると考えられる。その結果、母親がADHD薬を服薬したかどうかにかかわらず、ADHDの症状が間接的に胎児に悪影響を及ぼしていたと考えるのが自然かもしれない。
それに、ADHD治療薬を服薬している女性はそうでない女性に比べて、抗うつ薬や抗精神薬の使用数が圧倒的に多い。やはり、妊娠中も薬物治療を続けなければならない人たちの中には、多剤で服用するような症状が強いADHD者が多いのかもしれない。これらの薬の母胎内への影響は決して無視できるものではないだろうと思う。
<飲まなくてストレスなら飲んだほうが良い>
ADHDを含む“発達障害”にはうつや統合失調症などの他の精神疾患と大きく異なる点がある。それは、発達障害には根治をのぞめないという点だ (少なくとも現時点の医学では難しい)。それでは、薬を飲んでも意味がないのではないか、飲み続けなければならないのか、という疑問が浮かんでくるが決してそうではないと私は考えている。対症療法として処方される薬はその名の通り“症状に対して”効けばよい。発達障害者にとって、自身の社会生活において何事も不自由がなくなれば、薬は不必要であるし、飲み続けなくてもよいのではないだろうか。一方で、不自由が生じた時、薬を服用することになる。それは発達障害の治療薬というよりは、誰しもが抱えうる「不安」や「抑うつ」であったり、「睡眠」の症状に対してで、生活の改善が見込めるならば薬は非常に有用だと思う。妊娠中は特に薬に対して不安になる女性は多いだろうが、精神科で出される処方薬を服薬することによって、将来の子どもの疾患リスク増大につながるという根拠は不確かである。
<0か100ではなく上手な調節をする>
発達障害をもつ者および支援者(治療者)が最も気をつけるべきなのはその服薬管理だと私は考えている。本人が気づかない (うまく表現できない)副作用が出ている場合、用量が多すぎるかもしれない。発達障害の治療においても大原則は「できる限り少量での薬物療法」を行うことだといわれている。今回は妊娠中のADHD治療薬を服薬することの悪影響はほとんどないことを紹介したが、当然、服用量(血中薬物濃度)が増えれば有害事象 (副作用)のリスクは高まるので、これらの結果も変わってくると思われる。妊娠前に服薬していた薬を「全く服薬しない」のではなく、「適切な量の薬を使って」日常ストレスを軽減する方が優先されるべきだろう。
<授乳中のリスクはまた別>
ここでは、妊娠中の胎内曝露の影響について書きましたが、授乳時の影響はまた別なので注意が必要です。例えば、添付文書にはこう書かれています。
・ストラテラ
授乳中の婦人には、本剤投与中は授乳を避けさせること。[動物実験(ラット)において乳汁中への移行が認められている。]
・コンサータ
授乳婦に投与する場合には、授乳を中止させること。 [ヒトでメチルフェニデートが、乳汁中に移行するとの報告がある]
こちらも100%確かな危険というものではありませんが、飲んでいる薬についてお医者さんとしっかり相談した上で服薬したほうが安心です。初乳以外は粉ミルクを使用したりして工夫することも大事かなと思います。
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発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)
本記事は株式会社ライデックによって作成されました。できるだけ、簡単でわかりやすい言葉で、英語を日本語に意訳していますが、データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。また、弊社HPやTwitterにてさまざまな発達特性情報を発信していますので、興味のある方はそちらもチェックしてみてください。
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*1:薬剤胎児危険度分類の表示撤廃が2014年に決まっている。この表示を安易に信じて処方する医師が増え、胎児へのリスクの程度の差が正確にわからず混乱を招いたためだといわれている。
*2:この度、インチュニブも成人拡大適用が決定した。また、新薬としてビバンセが小児適用として発売される
*3:Beckman DA, Schneider M, Youreneff M, Tse FL. Developmental toxicity assessment of d, l‐Methylphenidate and d‐Methylphenidate in rats and rabbits. Birth Defects Res B Dev Reprod Toxicol. 2008;83(5):489‐501. Humphreys C, Garcia‐Bournissen F, Ito S, Koren G. Exposure to attention deficit hyperactivity disorder medications during pregnancy. Can Fam Physician Medecin de Famille Canadien. 2007;53(7):1153‐1155.
*4:ADHDに対して非常に有効性が認められている薬剤もこの中には存在している。日本で承認されない理由は「覚醒剤」としての依存や乱用を防止するためである。実際に認可された国では思春期の青少年などの間で頻繁に薬物乱用が起こっている。