【発達障害の青少年は生きづらさを感じている可能性が高い】
こんにちは、株式会社ライデックの学術広報のサハラです。
さて、今回は2019年1月に出た台湾のパイロット・スタディ *1を紹介したいと思います。データも考察も少なく、物足りなく感じるかもしれないが、いじめと発達障害について少しでも考える機会となれば幸いです。
台南にある成功大学で自閉症に詳しいBih-Ching Shu氏(教授)が主導して行った調査です。この調査では2003年出生のBirth Cohort*2のデータセットを12歳時点(2016)で使用していて、追跡できた1561の家族が本調査の対象となっています*3。
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【要約】Abstract
☆12歳の子どもたちに「いじめ体験の有無」「幸福感」を自己記入式で調査した。
☆神経発達障害(LD, ID, ADHD, ASD)といじめ体験の有無に関連があった。
☆いじめ体験は幸福度や社会適応度の低下とつながりがあった。
【研究背景】 Introduction
<発達障害の子らはいじめのリスクを背負っている>
発達に特性があると周囲と馴染めない場面が多いことは想像がつきやすい。実際に様々な発達特性を持ちうる障害(学習障害;LD・注意欠如多動症;ADHD・自閉スペクトラム症;ASD・知的障害;ID)の子どもたちは、同年代からのいじめの対象になりやすいという報告は多い*4。特にASDの子どもは周囲と馴染みにくく、一般母集団と比べておよそ4倍もいじめリスクが高いという研究報告がある*5。国によってもその傾向は異なるだろうが、台湾と日本では文化圏が同一でいじめにおいて似た傾向がありそうだ。
もちろん、「ASDだからコミュニケーション障害」「ADHDだから不注意」などと簡単に決めつけられない。多くの発達特性はスペクトラムであり、どの診断名であっても他と重なりがある(併存する)ことは珍しくない。
<特性があるから生きづらいのか、いじめを受けたから生きづらいのか>
一般に、障害のある青少年は、同級生と比較して、幸福度が低く、生活の満足度が低く、自殺念慮の割合が高いと報告されている*6。ADHDではその家族も生活の質(QOL)の低下を経験することがわかっている*7。そこで、次のような疑問が生じてくる。
それらは、いじめの有無に関わらず発達特性によるものなのか?
それとも、発達特性によっていじめを受けたことによるものなのか?
ここで紹介する研究では、4つの神経発達障害の診断(LD, ID, ADHD, ASD)といじめ、そして彼らの心理的幸福度(PWB)と社会適応度(SAS)*8が関連しているかどうかを調べている。
【研究結果】Results
<神経発達障害はいじめを受けやすい>
1561人の子どもたち(12歳の人口集団)を調査した結果、以前にいじめを受けたことがある人の割合はおよそ4人に1人だった(25.4%)。 4つの神経発達障害のいずれかの診断を受けた人は77人(4.55%)だった。それぞれの内訳は表に示したとおりだ。
これらの障害、発達特性を持っていることでいじめを受けやすいことが分かった。ざっくりというと、発達障害児の約半数がいじめを受けたことがあると回答していた(LD: 25人中13人; ID: 11人中7人; ADHD: 33人中11人; ASD: 8人中5人)。χ二乗検定検定によって独立性を検定したところ、4つの神経発達障害の全てにおいて“いじめと独立でない=関連がある”という結果が出た(LD:χ2=9.52, P=.002; ID:χ2=8.57, P=.008; ADHD:χ2=3.50, P=.052; ASD:χ2=5.86, P=.029)。
<いじめ体験は幸福度や社会適応に影響を及ぼしてくる>
次の結果はこの研究調査のユニークな点である。幸福度と社会適応度へつながる経路に“いじめ体験”を置いて、そのつながりを解析している。その結果、いじめ体験が心理的幸福度および社会適応度の低下とつながりがあることが分かった。
また、男子であることがよりADHDと診断を受けやすく、社会適応度が低下することが分かった。これは、教育に関わったことのある人ならば、12歳頃の男子は特に多動が目立ち、衝動的に振る舞うことで周囲から孤立しやすいことが想像できるのではないだろうか。男子の診断が多いのもこうして目立つことが原因だろうと推察できる。しかし一方で、ADHDは他の発達障害に比べるといじめとのつながりは小さかった。
【結論】Conclusion
<親子間のいじめの認識ギャップ>
結果に示していない興味深いデータがある。それは両親へのアンケート調査の結果だ。 全体の25%の子どもが「いじめを受けたことがある」と回答しているのに対して、その子たちの親はたった2.8%しか「子どもがいじめを受けたことがある」と認識していなかった。彼らがいじめの報告を教員などの信頼できる大人の誰にもしていないのかどうかはわからない。これが本当ならば、大人の目で見て明らかないじめと認めなくても、本人はいじめだと感じる場面が多いということを物語っている。
いじめは子どもの問題、同時に社会の問題でもある
オーストラリアのとある研究では、いじめを受けている青少年のじつに半数以上が親に助けを求めることはしなかったと報告されている*9。台湾で行われたこの研究でも、8割以上が報告していない。彼らが「いじめから守って欲しい、解決するのを手伝ってほしい」と言いやすいような親子関係を築く努力をすべきだと筆者らは述べている。
<いじめのターゲットになりやすい発達特性>
これまでの世界中の研究で一致した結果になっているのが、ADHDやLDに比べて「ASDはいじめを受けるリスクが高い」ということである。友人や協力的な仲間を持つことは、いじめの防御策になるが、ASDやIDのように社会的能力の低下があると争いをコミュニケーションで解決することが出来ず、いじめに対してより無防備になってしまう。また、ASDの“心の理論の欠如”と呼ばれるような認知特性は、いわゆる「空気を読む」ことをより困難にし、友人関係の対立の可能性を高めることが示唆されている。
一方で、ADHDやLDは別の発達特性からいじめを受けるリスクを背負っている。特にアジア圏の儒教による価値観の下では、集団的幸福というものが重んじられる。すると、「調和を破る逸脱した行動は好ましくない」とされる日本文化において、ADHDやLDの発達特性は受け入れられ辛く、生きづらさやストレスを抱えてしまいます。
この研究ではいじめに関しての質問は「いじめを受けたことがある」「いじめを受けたことがない」の2択であった。実際は、いじめの種類、強さや頻度によって彼らが受ける悪影響は大きく異なってくると思われる。発達特性といじめや幸福度を絡めた研究は社会的課題として、私たち大人は深く考えさせられます。
<日本でも同じ“不幸な結果”が得られるか>
今回は台湾の子どもたちに「Oxford Happiness Questionnaire(中国語版)」を用いて、その測定値を心理的幸福度(psychological well-being)と社会適応度(social adaptation status)の指標として扱っていた。そして、発達障害の子どもはよりいじめを受けやすく、そして幸福度が低くなると結論付けられている。しかし、この解析手法は正しいのだろうか?バイアスはないだろうか?私はこの研究結果がどこか釈然としない。
そもそも幸福とはなにか?
幸福度というものは、基本的に主観的な評価から成り立っている。そして、その背景には文化や社会的な文脈が存在している。住む国が違えば、生きる時代が違えば、幸福の捉え方は大きく異なってくるだろう。
また、主観的な幸福度は多側面的な要素から成り立っている。本研究の心理的な幸福度だけを真の幸福度と認識するのは間違っている。例えば、「喜びや嬉しさ」といった感情的な幸福度、「働いている」といった社会的受容感や社会的貢献感も幸福度の1側面である。
日本でも多くの研究者がwell-beingの研究を行っている。海外の尺度の翻訳使用が多いように感じているが、文化的には特殊な日本の幸福感は海外の幸福感とは概念的に相違があるだろう。日本特有の「多くは望まず最小限でいい(ミニマリスト幸福感)*10」や「人並み、周りと同じがいい(相互協調的幸福感)*11」といった幸福感は通常の尺度では推し量れないのではないだろうか。つまり、日本で同じ調査をした場合、全く意味の異なる結果になる可能性が高い。
国連の「世界幸福度ランキング」を見ると、日本は台湾以上に幸福度が低い。日本の学校でも不幸なことに「発達障害児へのいじめ」は多発している。いじめをゼロにすることは難しいだろうが、発達障害の特性を理解することで少なくとも「発達障害だからいじめを受ける」ことは少なくできるのではないだろうか。凸凹のある彼らも「幸福」だと感じる社会を目指していかなければならない。
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発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)
本記事は株式会社ライデックによって作成されました。できるだけ、簡単でわかりやすい言葉で、英語を日本語に意訳していますが、データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。また、弊社HPやTwitterにてさまざまな発達特性情報を発信していますので、興味のある方はそちらもチェックしてみてください。
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*1:パイロット・スタディであるため、あくまでも「試験的」かつ「先導的」な研究である。この研究から導かれた結論はあくまでも一例であるということを理解した上で是非お読みいただきたい
*2:ある特定の期間に出 生した集団を追跡する
*3:標本データは適当にランダムな地域で無作為に抽出されているため、特定の学校で行ったような調査とは異なり、正確な統計結果である可能性が高い
*4:Benedict FT, et al., 2015; Blake JJ, et al., 2012; Maiano C, et al., 2016; Zeedyka SM, et al., 2014
*5:Montes G, et al., 2007
*6:Savage A, et al., 2014
*7:Peasgood T, et al., 2016
*8:中国語版オックスフォード幸福度尺度を使用した。主観的幸福度を数値化し定量する。
*9:Thomas HJ. et al., 2017
*10:Ken, C., Karasawa, M., 2009
*11:Hitokoto, H. & Uchida, U., 2015