こんにちは、株式会社ライデックの学術広報の佐原です。
さて、今回は処方データベースを用いた抗ADHD薬*1の最新の疫学レビュー(2019)より、「うつ」「精神症状」「てんかん」といった併存する病気と抗ADHD薬の関連性について紹介します。
Part1では、抗ADHD薬の長期的な影響について「自動車運転」や「子どもの教育」の観点から考察を加えました。
➡︎【最新レビュー】抗ADHD薬のリスクとベネフィット(1)_長期的効果、運転や教育への影響など - RIDC_JPのブログ
Part2では、抗ADHD薬の長期的な影響について「犯罪」や「自殺」、「薬物依存」の観点から考察を加えました。
➡︎【最新レビュー】抗ADHD薬のリスクとベネフィット(2)_犯罪・自殺・依存への影響 - RIDC_JPのブログ
⇓この原著は有料です(Biological Psychiatry (生物学的精神)誌は信頼できる雑誌なので、データの信頼性も高いと思っています)
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【要約】Abstract
☆ 抗ADHD薬はうつ病の発症リスクを抑えるかもしれない
☆ 抗ADHD薬は双極性障害の発症リスクに影響しない
☆ ADHDと双極性障害の併発がある場合、抗ADHD薬は精神症状を改善しないか悪化させる可能性がある
☆ 長期的な服薬は精神病の発症リスクに影響を与える可能性がある
☆ 抗ADHD薬とてんかん発作の関連性は無い
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【結果】Result
<うつ病のリスク>
「服薬がうつ病の発症を抑える?」
紹介するのは、スウェーデンと台湾の2つの研究です。両方の研究がメチルフェニデート(リタリンやコンサータ)の長期服薬はうつ病と負の相関があると述べています。つまり、「ADHDの青少年のうつ病発症は、コンサータを長く飲むことによって抑えられるかもしれない」ということです*2。
スウェーデンの研究では、1960年から1998年生まれでADHDの診断を受けている38,752人を対象に、Cox比例ハザードモデルを用いて抗ADHD薬*3とうつ病の関連を推定しています。抗ADHD薬の長期効果として、服薬から3年後の発症リスクを42%減らしたと報告しています(HR = 0.58, 99%CI = 0.51–0.67)。そして、抗ADHD薬の短期効果として、うつを訴える外来訪問を20%減らしたと報告しています(HR = 0.80, 99%CI = 0.70–0.92)。
また、台湾の研究では、2000年から2011年までの間に新しくADHDと診断された71,080人を対象に、コンサータやストラテラを長く飲み続けることによる「うつ病」のリスクを調査しています。結果、コンサータの長期服薬はうつ病への有意な保護作用を示したといいます (aOR = 0.91, 99%CI = 0.88–0.94)。一方で、ストラテラにそのような作用はみられなかったようです。
ただ、これは個人内の薬の影響を反映していない研究です。つまり、ある個人が薬を飲んでいる期間にはうつ病になりにくくなる(逆に飲んでいないとなりやすくなる)…という結論にはなりません。あくまでも、ADHD者でうつ病を併発しなかった人の中に薬を長期間飲んでいた人が多かったという統計上の話になります。
<双極性障害(躁うつ病)のリスク>
ADHDの子は後年に双極性障害を発症するリスクがおよそ7倍だと台湾の研究者らは明らかにしており、双極性障害の約2割ほどがADHDの特性を併せ持っているとスウェーデンの研究者らは述べています。一般的にADHDは双極性障害の発症リスクを高めると言われています。
「併発がある場合、服薬はリスクになることも」
スウェーデンの研究では、双極性障害の治療としての6ヶ月間のメチルフェニデート投薬効果を検証しており、気分安定薬*4なしにメチルフェニデートを単剤服薬すると躁エピソードがかなり増加したと報告しています(HR = 6.7, 95% CI = 2.0–22.4)。気分安定薬と一緒に服薬すると、そういった症状の悪化はなかったようです。この結果は抗ADHD薬を使う上でかなり重要な意味を持っていて、双極性障害の併発があってかつ気分安定薬を飲んでいないADHD者にはメチルフェニデートのような精神刺激薬を単剤で飲まない方が良いことを示しています。
ブラジルで行われた臨床試験をみてみると、若くして双極性障害を併発した8-17歳のADHDの青少年ら(N = 14)に気分安定薬(アリピプラゾール)と組み合わせて、抗ADHD薬(メチルフェニデート)もしくはプラセボ薬を2週間投薬したところ、(プラセボと比べて)特に症状を悪化させることもありませんでしたが、抗ADHD薬の効果もなかったようです。一方で、米国の臨床試験をみると、短期的にはADHD症状に対して効果があるという結果を報告していますがサンプルサイズも小さく症状改善効果は一義的です。双極性障害を併発した場合、ADHD症状や精神症状に対して抗ADHD薬の効果があるのかないのか結論は出ていないようです。
「抗ADHD薬が発症のリスクになることはない」
上で紹介した研究では、併発のないADHD者が服薬によって双極性障害の発症に関わるかどうかは触れられていません。唯一、その部分に触れていた台湾の研究を簡単に紹介します。健康保険のデータベース(小児ADHD: N = 144,920)を用いて、長期間(1年以上)コンサータ(メチルフェニデート)を服薬したADHDの子どもを調べたところ、コンサータを飲んでいない子と比べて発症リスクが低かったと報告しています(HR = 0.72, 95% CI = 0.65-0.80)。一方、ストラテラ(アトモキセチン)は発症リスクに影響を及ぼさなかったそうです。まとめると、抗ADHD薬(コンサータ、ストラテラ)を長期で飲み続けても双極性障害の発症リスクをあげることはなく、むしろコンサータはリスクを下げるのではないかという結果です。
<精神病のリスク>
精神病性障害(幻覚や妄想などの精神症状を伴う)の発症に抗ADHD薬の長期的な服薬は関わってくるのでしょうか。どうも世間では、子どもの頃からメチルフェニデート(リタリン)の服薬を続けていると、脳の発達にはよくないと信じられている節があります。特に神経が発達途上にある子どもはメチルフェニデートを継続して使用することに抵抗感のある親御さんは多いと思います。実際、大人と子どもではメチルフェニデートが脳に与える構造的な変化が異なるという報告があります (Bouziane C., 2019)。
英国の医薬品局が報告したメチルフェニデート(リタリン)による有害薬物反応のレポートをみると、1335件中663件が何らかの精神障害に関連していて、中でも105例(15.8%)が幻覚や妄想、統合失調様の精神病症状を呈したと報告しています。確かに、長期的な服薬が精神病の発症に関わるという症例報告もあったりするので、コンサータの治験で短期的には影響がなかったと切り捨てることはできません。
「抗ADHD薬と精神病の発症リスクの関連については結論が出ていない」
アジア圏の最近の研究を参考に2つ紹介していきます。香港の研究では、2年は投薬を受けている6~19歳のADHDの子20,586人を対象に、個人内の抗ADHD薬のリスクを約10年追跡して調べています。結果は、服薬していない期間と比べて、メチルフェニデートによって精神病事象が発生しやすくなると言った事実は見つかりませんでした(発生率比 = 1.02, 95% CI = 0.53–1.97)。 この香港の研究者らによると、これまで抗ADHD薬によって精神病が誘発されたとされる患者のほとんどは「感情障害や行動障害など」の二次障害の併発があったと指摘しています。薬自体が精神病症状を誘発するのではなく、薬が併発した精神障害の症状を悪化させたからそう見えたのでは?と考察されています。
もう一つは、台湾の研究で、国民健康保険データベースを用いて2000年から2011年までのADHDの73,049人を対象に、ADHDの診断とメチルフェニデートの処方が後の精神病に関わるかをCox比例ハザードモデルで解析しています。この研究によると、ADHD者は非ADHD者に比べ5.2倍も精神病、4.65倍統合失調症の発症リスクが高く、同じADHD者の中でも薬を服薬していた人の方が1.20倍精神病のリスクが高かったようです(aHR = 1.20, 95% CI = 1.04–1.40)。
(疾患の高いリスクとなる)ADHDであることに加えて、(高い金額の)抗ADHD薬を服薬することで更に将来の病気のリスクを高めてしまうというのは皮肉な結果です。多くのベネフィットがある一方で、このようなリスクがあることも「目に見えて作用がある」精神刺激薬なので覚悟しておく必要はありそうです。よく効く薬はそれだけ細胞に強力に作用している証拠です。今後は、特にどういった人が服薬のリスクが大きくなってしまうのかが解明されることを願います。個人の遺伝子の影響を考慮して処方薬を臨機応変に変えられるようなテーラーメイド時代が早く来ると良いですね。
<てんかん発作のリスク>
多くの論文を総括した結論からいうと、抗ADHD薬(メチルフェニデート、アトモキセチン)は短期的及び長期的に見てもてんかん発作のリスクには影響がなさそうです。
スウェーデンの研究によると、同じ個人内でも抗ADHD薬を飲んでいる期間の方が(飲んでいなかった期間よりも)急性発作の発生率は27%低下していたそうです(HR = 0.73, 95% CI = 0.57-0.94)。コンサータやストラテラを長期で飲み続けてもてんかん発作のリスクをあげることはなく、むしろ短期的には発作を抑える効果もありそうという結果でした。
「抗ADHD薬とてんかん発作の関連性はない」
発達障害ではてんかんの併存や脳波異常を認めることが多く、てんかん既往がなくても脳波異常があると抗てんかん薬によって睡眠障害や生活の質が向上することがあるといいます*5。 コンサータ®︎(メチルフェニデート)は痙攣閾値を低下させるので、もし脳波の検査を行うのであれば薬物治療前にすることが推奨されています。
【まとめ】Review
<治療のゴールってなんなの?>
一般的な疾病であれば ゴールは明確で、症状がなくなればゴールです。薬は必要なくなります。ではADHDの薬物治療にゴールはあるのでしょうか。ここで薬物治療のゴールに対してのコメントを弊社代表松澤に記述してもらいます。
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はい、代表です。
薬物療法のゴールに関しては、確かにADHDは症候そのものは後々まで残るので(それが特性というものです)見えづらい部分はあります。
特性がずっと残るのなら、服薬もずっとなのか?、も大きな疑問ですね。
薬物治療を始めるからには、薬を使うことによって達成したい目標があるはずです。
ADHDの場合、単純に特性面を弱める、というだけではなく、それによってどんな面で生活の質を上げていくのかを明確にすべきです。
多動を抑えて学校で落ち着いて過ごす、授業を聞きやすくし勉強の難易度を下げる、不注意のせいで難しかった技術習得をする、衝動性を抑え落ち着いた生活をする、仕事上でのミスを減らし上司と同僚の信頼を得る、などなど。
もちろん、そういった目標達成に服薬が役立っているかは毎回の診察で確認が必要です。
そして、コンサータなりストラテラの効果を実感しながらでも目標が一定程度達成されてきたとき、服薬をやめていく方々は一定割合でおられます。学習や技術習得の過程で確かに薬の効果が必要だったとしても、身につけた能力は薬をやめても残りますから、能力向上によって生じた気持ちの余裕が学校や職場で要求されることに薬なしでも応えられるくらいに大きくなれば、ストレスにも強くなるでしょう。
治療のゴールは、服薬をやめたときではなく、薬物療法を始めるにあたって設定した目標に(ある程度であっても)達成を得られたとき、ではないでしょうか。
そこで服薬をやめるかどうかは、達成したゴールの維持に服薬がどの程度貢献しているかによるのです。例えば高血圧や糖尿病の方が目標値を達成したときに、今後も服薬の必要があれば継続して利用していくのと同じように抗ADHD薬の継続服薬を考えていいはずです。
もちろん、もう服薬しなくても大丈夫、と自信があればやめればいいでしょう。やめてどうかなと試してみるのももちろんOKです。
1つ確かなのは、服薬が絶対にずっと必要ということは無い、のです。
そして、治療そのものは、ADHDの場合、そもそも最初に心理社会的治療・支援を考えるべきであり、かつ薬物療法と並行して行っているはずなので、薬物療法の終結=治療のゴールではないことは当然です。
ADHDの治療ゴール設定は、それだけをテーマに考えていくべきものでありますね。
では、語り手をサハラに戻します。
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<ネットの情報を鵜呑みにしない>
最近、コンサータ®︎(メチルフェニデート)の処方が患者登録制になるということで薬の話題をよく目にします。「ADHDの薬」をインターネットで検索すると、様々な意見が飛び交っています。否定的な意見から、肯定的な意見まで様々でした。
「米国では副作用で200人に1人が死亡している!?」
少し前、このような記事がSNS上で拡散されているのを見ました。この記事を読んで子どもの服薬をやめさせた方もいるようです。皆さんはこの記事を見てどう思いますか?知識がなければ正誤の判断はつかないのではないでしょうか。わたしは、薬に対して過剰な不安を煽るこの記事はかなり悪質だと思っています。
この記事に対するTwitterのコメントが皮肉まじりで面白かったので引用します。
確かに、抗ADHD薬による子どもの突然死の報告はあります*6。FDAの発表によると、1992-2006年の間(15年間)に、リタリン®︎とコンサータ®︎(メチルフェニデート)で11人が突然の心不全で死亡、精神刺激薬ではないストラテラ®︎(アトモキセチン)で3人が突然の心不全で死亡したと報告しています(ちなみに何も服薬していなくても突然死はあります)。米国で抗ADHD薬を服薬している子どもの人口250万人に対して、1年で1人というのはほぼゼロに近い数字だと分かります。
抗ADHD薬はその作用(心血管系に対する影響がある)から、心疾患の病歴のある方は特に、定期的に心拍数(脈拍数)や血圧を測定することが注意喚起されています。コンサータ®︎やアトモキセチン®︎は平均して心拍数を3〜10拍/分、収縮期血圧を3〜8 mm Hg、拡張期血圧を2〜14 Hg増加させることが示されていますし、一方でインチュニブ®︎(グアンファシン塩酸塩:選択的α2Aアドレナリン受容体作動薬)は心拍数と血圧を下げる可能性があると言われています*7。
薬には必ず添付文書というものが付されています。薬の副作用で不安になったときは「添付文書」を読むことをオススメします(ウェブで閲覧できます)。非常に詳しいデータが載っていますし、ネット上の出処のわからない情報と違って信頼性があります。例えば、コンサータ®︎の添付文書には次のように書かれているのをご存知でしょうか。
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- 慎重投与 → 心臓に構造的異常又は他の重篤な問題のある患者[因果関係は確立していないが、中枢神経刺激作用を有する薬剤の投与による突然死の報告がある。]
- 重要な基本的注意 → 患者の心疾患に関する病歴、突然死や重篤な心疾患に関する家族歴等から、心臓に重篤ではないが異常が認められる、若しくはその可能性が示唆される患者に対して本剤の投与を検討する場合には、投与開始前に心電図検査等により心血管系の状態を評価すること。
(コンサータ錠添付文書より https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00062727.pdf)
これを読むと、至って普通の薬と同じ注意事項だと思いませんか。体に作用するというのは、何らかの副作用が生じるということでもあります。ウコンのサプリですら死亡例があります(肝硬変をもつ女性が漫然と長期服用した結果)。対処療法の薬はステロイドと同じで漫然と使うのではなく、必要最小限に使うことが大切です。
「絶対に安全な薬は薬ではありません」
いずれにしても、医師は「よくわからない薬」を処方しませんし、非常に厳しい治験をクリアして世に出てきた薬とそれらのデータ(添付文書)を理解した上で処方する訳です。発売されたあとも副作用や適正な使い方に関する情報収集が法的に義務付けられているので、(因果関係の認められる)副作用で死亡例が出た場合はすぐに販売中止になります。
もちろん、抗ADHD薬は様々な副作用があります(そして個人差もあります)。特にコンサータ®︎やビバンセカプセル®︎は中枢神経に作用することから、乱用・依存などのリスクは避けて語れません(そのための流通管理です)。当ブログで紹介してきた記事を読めば分かるように、数十年飲み続けてどうなるかという「長期の副作用」は不明瞭な部分が多いんです。それでも、主治医が処方する理由は、生活改善のメリットの方が大きいと判断したからでしょう。 疑問があれば、きちんと説明をしてもらった上で、
正しいリスクとベネフィットを知って、安心して使うことが一番ではないでしょうか
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発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)
本記事は株式会社ライデックによって作成されました。できるだけ、簡単でわかりやすい言葉で、英語を日本語に意訳していますが、データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。また、弊社HPやTwitterにてさまざまな発達特性情報を発信していますので、興味のある方はそちらもチェックしてみてください。
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*1:抗ADHD薬と記述がある場合、基本的にはメチルフェニデート=リタリン、コンサータ
*2:重度のうつ病の人に対して、コンサータ投与は抑うつ症状を悪化させるとして禁忌とされています。リタリンも現在はうつ病は適応外となりましたし、コンサータもうつ病の治療薬の代わりにはなりません。
*3:メチルフェニデート、アンフェタミン 、デキサフェタミン、アトモキセチン
*4:アリピプラゾール(N05AX12)、リチウム(N05AN01)、オランザピン(N05AH03)、クエチアピン(N05AH04)など)、およびバルプロ酸
*5:「発達障害とてんかん」認知神経科学Vol.18, No.1, 2016
*6:https://www.webmd.com/add-adhd/childhood-adhd/news/20090615/adhd-drugs-sudden-death-risk-higher#2
*7:Fay TB. et al., 2019. DOI: 10.1097/CRD.0000000000000233