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【研究紹介】発達障害は体の不調を起こしやすいのか?_ADHDと身体疾患

 こんにちは、株式会社ライデックの学術広報の佐原です。

 

 さて、今回は「子どものASDやADHDといった発達障害が体の不調を起こしやすいのか」というテーマのADHD編になります。前回の記事(ASD編)の続きになります。

 

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本記事はシステマティック・レビューの研究論文を参考にして書いています。原著のリンクも貼っておきますので、もっと知りたい方はそちらも読んでみてください。

⇓原著はこちら

link.springer.com

  

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【ADHDと身体疾患】

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 ADHD(注意欠如多動症)という名前を聞くと、「集中力がない」「物忘れが多い」「衝動的に動く」など、特に行動面にだけ問題を抱えているといったイメージがありませんか。確かに典型的な症状は「不注意」や「多動」「衝動性」ですが、ADHD者は体の症状も表れやすいと言われています

 

 

 前回は“ASDは免疫疾患や消化器疾患と関連がある”という記事を書きました。ASD特性の強さと相関があるかは分かりませんが、子どものASD者は胃腸が弱い人が多いという研究データが多いんです(原因は明らかになっていません)。そういった体の不調は常にストレスを感じることになり、子どもの生活・学習に影響を与えているのは間違いないでしょう。今回はADHDと身体疾患の関連について紹介していこうと思います

 

 

 今回紹介するシステマティックレビューでは、2000年から2016年までに英語で書かれた論文を検索対象とし、検索ワード "子どもの発達障害"と"身体疾患"に関する論文をデータベース(PubMedとPsycINFO)から検索しています。 全部で5278の論文が検索にかかり、スクリーニング後、17のADHDの論文データを解析対象としています(日本の研究は入っていませんでした)

 

 

<ADHDと免疫疾患>

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 17本の論文の内、12本が「免疫疾患」とADHDに関連があると述べている論文でした。小児の免疫疾患というのは、アレルギー以外にも、自己免疫疾患、自己炎症疾患、血管炎症疾患、免疫不全症などがあります。免疫というのは強すぎても弱すぎても身体にとっては良くないのですが、薬でコントロールするのが難しい疾患群でもあります。

 

 代表的な疾患は…

  • 気管支ぜんそく
  • アトピー性皮膚炎
  • アレルギー性鼻炎
  • 食物アレルギー
  • 膠原病

 などでしょうか。

 

 

 Schmittらの研究によると、アトピー性皮膚炎の患者はADHD発症率がわずかに高かったことが示されています。一方で、Suwan(タイ)らShyu(台湾)ら、Tsui(台湾)らの研究では、アレルギー性鼻炎がADHDと関連が特に強いと報告しています。見たところ、アレルギー性鼻炎が圧倒的に多く、次にアトピー性皮膚炎、気管支ぜんそくの順にADHDとの関連が指摘されていました

 

 

 アレルギーの疾患に関しては、関連がないとする結果と関連があるとする結果が半々くらいで存在しているようです。(私の個人的な意見になりますが)これらの結果はそのまま日本の子どもたちに当てはまると考えてはいけないと思っています。人種(遺伝子、体質)や生活環境(食生活)が違うので、アレルギー疾患の罹患率は国や時代によって非常に差が大きいです

 

 

 どれくらい地域や年代によって違うかというと…

有症率が高い国は、日本を含む工業先進国で多くなっているとされています。

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1998年と2008年を比較すると、アレルギー性鼻炎全体の有病率が増加し、スギ花粉症の有病率が通年性アレルギー性鼻炎を超えました。

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(アトピーナウ、日本アトピー協会、2017年3-4月号) 

 

 日本の中でも花粉症なんかは地域差がありますよね。私もここ23年で秋の花粉(ブタクサ?)に鼻をやられるようになりました。医療用の手袋を使用すると接触皮膚炎を起こすようにもなってしまいました。引っ越したり、食生活が変わったりしたのが原因かと思っています。誰しもが突然発症しうるので、ADHDとの関連性は本当にあるのか…?と疑っています

 

 

 また、Bekdasら(トルコ)の研究では、トルコの小学生を対象にした血清IgGの抗体価(と陽性率)をADHDと非ADHDで比較しています。

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 ADHDの子たちは有意に麻疹(はしか)の陽性率が高く(80 vs 60%, p = 0.044)、筆者らは「出生前感染や麻疹のワクチン接種がADHDにとって重要かもしれない」という考察を述べています。確かに、乳幼児期のウイルス感染とADHDの関係は昔の研究から言われてきてます。例えば、冬期に産まれた子の出生時のウイルス感染によって、ADHDのリスクが最大10%ほど高まるとする報告もあるようです。

 

 因みに、「全てのワクチンは毒だ」「発達障害を生んでいる」とする根強い考えが一部の人々の中にはあります。これはとある研究者の捏造論文とそれを拡散したメディアのせいなのですが…(詳しく知りたい方は「MMRワクチン ウェイクフィールド」を検索してみてください)。ネットでは「本当に正しいのか?」と考え、多くの情報を調べて自分で判断する必要があるように思います

 

MMRワクチンは多くの子どもに接種されます。そして、MMRワクチンと無関係に一定の割合で自閉症(自閉症スペクトラム障害)を発症する子どもはいます。よって、MMRワクチンを接種した後に自閉症による行動障害が生じた子どもも必ずいます。

 

 MMRワクチンの接種後に自閉症を発症したら、MMRワクチン接種が原因であるかもしれないと疑うのは合理的な態度です。しかし同時に、MMRワクチン接種と自閉症には因果関係はなく偶然にそうなっただけかもしれないとも考えなければなりません。問題は、MMRワクチンを接種したほうが、接種しない場合と比較して、自閉症の発症が多いかどうかです。現在ではほぼ結論が出ています。複数の研究がMMRワクチンは自閉症と関連していないことを示しました。研究の一つは、合計で100万人以上もの小児を対象にしています。

 

(中略)

 

MMRワクチンと自閉症をめぐる事件は、一人の元医師の不正だけが原因だと考えると問題を矮小化(わいしょうか)してしまいます。医療の不確実性や報道の在り方まで考えないと、また同じ間違いが繰り返されることになるでしょう。

 

 

(『MMRワクチン騒動は、不正論文だけの問題ではない』https://www.asahi.com/articles/SDI201811295547.htmlより)

 

 ワクチンに関しては代表の個人ブログでも取り上げられています。

neurophys11.hatenablog.com

 

 

 

 

 

<ADHDと神経疾患>

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 Merikangasら(NIH、アメリカ)の研究によると、8歳から21歳までの男女9,014人の電子カルテによる体調に関するデータから、神経疾患のある人のADHD発症リスクは約3倍という高い数字が報告されています(OR = 3.1; 95%CI: 2.7–3.6; P < .0001)実はこの研究以外にも、多くの先行研究がADHDとてんかん(あるいは脳波異常)との密接な関連を指摘しています

 

 

 てんかんと聞くと、全身の激しいけいれんを伴う発作というイメージが強いかもしれません(私もそうです)。「じゃあADHDとは関係ないじゃん」と思ってしまいますがそうではありません。実際は、どこか身体の一部しびれたり、ぼんやりして呼びかけに反応しなかったりと人によって発作の種類は違ってきますまた、発作ばかりに目がいきがちなんですが、てんかんを持つ多くの子は、発作以外にも生活の質に影響を与える学習、気分、行動に関連する問題を抱えていると言われています

 

 

注意欠如・多動症-ADHD-の診断・治療ガイドライン 第4版
 

  以前にも紹介したことのある上の本ですが、この本にも「身体疾患との鑑別」の項に特に誤診が多い神経疾患としててんかんが挙げられています

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 ADHDの診断をする上で、脳波や頭部CTやMRI検査が必要になるのは、こういった神経疾患がないかどうかを確認するためでもあります*1ただ、以前のブログでも取り上げた通り、診断には絶対と呼ばれるものがありません。 てんかん(身体)とADHD(精神)に関連があることは多くの研究が証明しています。医師もその事実を知っていると思いますが、その鑑別(=見分けること)や治療は決して簡単ではないようです。

 

 

 何故かというと…

  1. 症状だけでは見分けがつきにくい
  2. 発症の時期がてんかんとADHDで似ている(幼児期〜学童期)
  3. ADHDとてんかんの併存例も多くある
  4. 抗てんかん薬の一部はADHDの症状の悪化を招くことがある
  5. ADHDの子はてんかんが無くても脳波に異常が出ることがある
  6. そもそもADHD者の脳波はθ波・β波などの徐波の混入が多い

 

 脳波の異常が何らかの機序でADHDの発症と経過に影響を与えている可能性が考えられています。ただ、臨床現場での脳波検査は簡単ではありません。子どもの脳波は成人と違って安定してないので、幼児期の1回の脳波診断ではてんかん特有の脳波(てんかん発射)を捉えるには不十分とも言われています。また、脳波に異常があっても発作がない小児の割合は約5%程度いるそうで、その子たちはそもそも検査につながりません。目立たない発作がADHDの不注意や多動を招いていたとしても、「てんかんかもしれない」「抗てんかん薬を処方してみよう」とはなりませんよね

 

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 研究でも結論は出ていませんが、てんかん自体が注意機能の障害を来たす可能性もあり、「ADHD」と「てんかん」は生物学的に共通した何かがあるかもしれません

 

 

てんかんについてもっと知りたい方は↓

epilepsy-support.net

 

 

 

<ADHDと怪我や感染症による入院>

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 少し身体疾患とは脱線してしまいますが、興味深いデータを紹介します。上の図は、Silvaら(西オーストラリア大学、オーストラリア)の研究によって報告された「ADHDと診断を受けた子らの幼い頃の入院リスクは、ADHDでない子らよりも高かった」ということを示しています。

 

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 この研究は国民データベースを使って、2003年から2007年の間にADHDと診断を受けた子ら(n = 11,902)の乳幼児期の入院歴を調べたものです。ADHD者は対照群よりも「幼児期に入院を経験した者が70%も多くいた」という結果は、裏を返せば、火傷、中毒、怪我、扁桃やアデノイドの疾患、喘息、感染症に罹って入院した4歳未満の幼児は、その後にADHDと診断されやすくなるということになります。

 

 怪我や中毒はADHD特性である衝動性が幼児期にも出ているのかもしれません。ADHDの小さいお子さんを見ていると、危なっかしい子が多くてハラハラしますよね。しかし、この研究では、一見ADHDの症状に関係がなさそうな病気(扁桃の病気、喘息や感染症など)が原因で入院するリスクも高くなっています。後述する口蓋扁桃摘出術を受けた子どもにADHD者が多かったという報告とも一致しています。研究ではこれらの状態がどのようにADHDを引き起こすのか、その因果関係については明らかになっていません

 

 以前デンマークのコホート研究でもADHDは入院経験者の割合が非ADHD者に比べて多かったと紹介しました。

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自閉スペクトラム症 (ASD)や注意欠如/多動症 (ADHD)に注目すると、ともに約3割の人が過去に入院を要する(重症の)感染症に罹患した経験があった。ハザード率比はADHD, ASDがそれぞれ2.09, 1.54と有意にリスク上昇を示した。

 

 「幼い頃に感染症で入院したからADHDになった」とか「頭に大きな怪我をして手術したからADHDになった」といった因果関係は現段階では全く言えません。それでも、現代の医学でそれを特定することは難しく、「目に見える症状が同じなら…」と一括りにするしかありません。ただ、少なくともこれらの研究結果から、ADHD特性が複数の要因から成り立ち、神経発達特性の原因部位が人によってそれぞれ異なっている可能性が高いということは言えます

 

<ADHDとその他の疾患>

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・先天性の心疾患

 DeMasoら(ハーバード大学、USA)の研究では、大血管転位症(右旋性大血管転位※)を伴っていた青年らは、健康な対照群と比較してADHDの発症率が高いと報告されています(19 vs 7%、p値 = 0.03)

この疾患は先天性の心疾患で、新生児期に多くは外科的手術を受けているようです。術後の心機能は比較的良好と言われていますが、青年期以降も血管の狭窄や弁逆流、不整脈などの問題も長期的には起こることもあるそうです。

 

 先天性の心疾患が発達障害に関連があるかといえば、それは十分にあり得ると考えています。例えば、心臓外科手術による低体温循環停止で脳波や神経学的な異常が出やすいことは分かっていて、学齢期に認知や運動面で周りの子よりも発達が遅れるといった報告もあります。高次の脳機能発達の重要な時期に血行動態が不安定なことが発達障害特性につながる原因として可能性の1つにはなりえそうです。

 

・扁桃・アデノイドの肥大

 Dillonら(ミシガン大学、USA)の研究において、アデノイド・口蓋扁桃摘出術を受けた小児らは、健康な対照群と比較してADHDの発症率が高いと報告されています(27.8 vs 7.4%、p値 < 0.05)

 

 この研究でとても驚くのが、手術前にADHDと診断されていた22人の子どものうち、50%が術後1年後に診断基準を満たさなくなったということですつまり、身体の手術によって注意欠如や衝動的な行動障害が減ったということです

 

 この理由について考察も含めて考えてみました。私の稚拙な推測に過ぎませんが、これは手術によって睡眠時無呼吸症候群が改善し、日中の注意散漫や衝動的な行動が減ったからだと考えられます。というのも、この「アデノイド・口蓋扁桃摘出術」は扁桃が感染して炎症を繰り返したり、肥大しすぎたりして呼吸が苦しくなったりする場合に手術が行われるそうです。つまり、この手術を受けるに至った子らは、睡眠時の無呼吸や普段から鼻声で口呼吸だったりする訳で、日中の眠気や注意散漫があったと考えられます。ADHDの症状(行動障害や不眠など)の背景にはこのような身体的な疾患が隠れているという良い例ではないでしょうか。

 

・先天性の泌尿器疾患

 最後に、Butwickaら(カロリンスカ研究所、スウェーデン)の研究において、尿道下裂(※)の手術を受けた男児におけるADHDの診断リスクが増加することを発見しました(OR 1.50; 95%CI 1.3–1.9)。こちらも、精巣発達やホルモン異常を起こしやすい性質を考えると、神経発達にも影響がないとは言えなさそうです。健康な兄弟に比べて、尿道下裂の男児の兄弟にASD者が多かった(OR 1.6; 95%CI 1.3–2.1)ということを踏まえると、家族(遺伝)的な影響が強いとも考えられますね。

※「先天性」の泌尿器の形成異常で、一般的には手術で外科的治療を行えばその後の健康にはあまり問題ないようです。 

 

 

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【最後に】

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<身体の調子にも注目する意識をもつ>

 

「 発達障害の子どもは身体疾病の併存が多い 」

 

発達障害があるとなんらかの医学的な病気に苦しんでおり、同様になんらかの医学的な病気があると発達障害の診断リスクは上がると筆者らは考えているようです。精神と身体の不調につながりがあると意識しておくことで、両親も本人も適切な治療が受けやすくなると言います。発達障害のこどもたちには精神医学的な援助だけでなく「より集合的な医療」を提供することで、併存する病気による辛さを減らし、「より効果的な治療介入」ができると期待されています。

 

ASDやADHDの子(幼児〜青年)に対しては、早期に身体症状のスクリーニングを行い、精神医学的アプローチと身体医学的アプローチの両方を含む共同ケアモデルを行っていくべきだと述べられています。とは言っても現実には、1箇所の病院では済まずに様々な病院を巡り、本人や保護者の負担になってしまっているのが現状ではないでしょうか。発達障害の問題行動のベースに身体疾病がある場合には、それを治療することで精神症状が改善する可能性があるのは認識しておいていいことでしょう。

 

肥満、体重不足、ビタミン欠乏、甲状腺機能低下症または甲状腺機能亢進症、脂質異常症などの併存疾患の一般的な危険因子にはより一層注意が必要になります。

 

著者たちは、結論として将来の研究では精神症状に焦点を当てるだけでなく、身体的症状と精神的症状との関連(少なくとも関連性があるということ)を認識しておくことを勧めており、最終的によりパーソナライズされた治療アプローチを提供することにつながるとしています。

 

 

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 発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)

本記事は株式会社ライデックによって作成されました。できるだけ、簡単でわかりやすい言葉で、英語を日本語に意訳していますが、データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。また、弊社HPTwitterにてさまざまな発達特性情報を発信していますので、興味のある方はそちらもチェックしてみてください。

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*1:全例で必要なわけではありません

自分を知り、自分をかえていく