こんにちは!株式会社ライデック学術広報のサハラです。
今回は久しぶりに薬に関する研究論文を紹介します。2019年、抗ADHD薬の新薬として、日本の塩野義製薬から”ビバンセ®︎カプセル”が発売されました。コンサータ、ストラテラ、インチュニブに続いての4剤目になります。現在(2021年1月)は小児のみ(6〜17歳)承認されている薬なので、あまり一般には知れ渡っていない薬かもしれません。
日本では”新薬”なんですが、その成分である”リスデキサンフェタミンメシル酸塩(LDX;一般名Elvanse, Vyvanse, Tyvense)”は欧米などの一部の地域では発売されて10年あまりが経過しています。海外では臨床データが蓄積され、その効果や安全性などについて検証がなされています。
そんなビバンセ(LDX)に関する最新の研究データから、今後の日本での成人への拡大を見越して「ビバンセは大人にも効くのか?」「その副作用や依存性は?」「コンサータとの違い」など、今後中以下にわけて国内外の知見を紹介していきたいと思います。
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目次
日本での成人への適応拡大はまだ先になりそう
上述の通り、ビバンセは海外では成人にも使われているのですから、当然今後日本でも検討されていくはずです。実際開発元の塩野義製薬は2018年に「成人(18歳以上)への適応拡大に向けて治験をする」として次のような開発計画を発表しています。
成人ADHD患者での開発
2018年1月現在、本剤の成人ADHD患者に対する適応を取得する目的で、治験実施の検討を進めている。
(ビバンセカプセル20mg, 30mg 2.5.臨床に関する概括評価, 塩野義製薬より)
そういうわけで、いつビバンセが成人(18歳以上)にも適応が拡大されるのか?気になるところですが、成人向けの開発には暗雲が立ち込めています。塩野義製薬の2020年3月期決算を見ると、ビバンセの売り上げは当初予想3.8億円だったのに対して実績0.1億円という”絶不調”な薬だと分かります。果たして、売れない薬の開発を急いで進めるか?と考えると答えはNoだと思われます。塩野義製薬の現在開発中の薬を見ると、ビバンセは臨床のPhaseにのっていませんから、日本ではしばらくは小児の薬のままではないでしょうか。
ちなみに、同じく小児向けの薬だった”インチュニブ®︎(グアンファシン塩酸塩)”は、2017年5月に小児向けに販売が開始し、その2年後の2019年6月に成人も適応追加されています。こちらは販売時から売り上げが好調で、小児の新規ADHD患者市場ではトップシェアを獲得する薬となった訳ですから、成人向けの治験にも弾みがついたに違いありません(現に追加適応取得後も売り上げは堅調)。
代わりに、ADHDの小児向けにスマホやタブレットでゲームをして治療する”デジタル治療”が国内第2相臨床試験進行中で、これは2024年度あたりに上市される予定です。これはこれでADHDだけでなくASDの治療にも期待されていますが、またしても小児向けですから、成人ADHD患者の治療の選択肢はしばらく広がりそうにありません。
ビバンセが日本で使われない理由
日本では、2019年から“ビバンセカプセル”として販売を開始していますが、その処方は伸び悩んでいます。一部のヨーロッパ地域では、成人の第一選択薬にも追加されているほど海外ではどんどん処方されているのに、何故か日本では全くと言っていいほど使われていません。
そもそも新薬は薬価収載の翌月の初日から1年間は原則として1回14日分までしか出せない決まりがあります。例えば、デエビゴ®︎(レンボレキサント)という睡眠薬は、2021年の4月末までは14日間の処方制限が掛かっています。似た作用を示すベルソムラ®︎(スボレキサント)という既存薬は日数制限がないので、敢えて日数制限のある薬に切り替えることはメリットが相当あるときに検討されるわけです。
同様に、ビバンセもコンサータという薬があるので、発売1年が経過するまでは14日間の処方制限が解除されるまでは処方が伸び悩むだろうと思っていました。しかし、2020年6月、ビバンセは薬価収載から1年が経過してもなお処方が殆どされていないので、『処方日数の制限がある(新薬だから)』という理由ではなさそうです。
新薬としての処方制限が外れても、恐らくビバンセは今後もあまり処方が伸び悩むことが予想されます。その理由については、(1)コンサータがあるから、(2)流通管理体制が厳しいから、(3)中枢薬を忌避する精神科医の心性といった複数の理由が原因となっています。
<1. コンサータがあるから>
恐らく、これが一番の理由だと思います。今までコンサータを使っていて、効果を感じていた人がわざわざビバンセを使う必要がないんですよね。狙う効果にコンサータと大きな差もないですし。
ただ、似た作用機序を持つ薬でも体質(薬の作用する受容体の分布や、代謝酵素活性の差など)によって効果や副作用の出方が違うことは往々にしてあります。現に例えば抗うつ薬のSSRIと呼ばれるタイプは4種類(fluvoxamine,paroxetine,sertraline,escitalopram)ありますが、1つが効かなくても効いたり、嘔気の副作用がその4種類の中で出たり出なかったりします。
<2. 流通管理体制が厳しいから>
薬の流通制限はある意味コンサータ以上です。コンサータが登録システムになり、多くの方が見聞きしたであろう流通管理委員会による登録制度。簡単にいうと、登録された医師、医療機関、薬局、そして患者でなければ処方できないというものです。これについては、過去に弊社のブログで紹介しています。
ビバンセに関しても、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の医薬品審査による承認条件が課されています。これによると次の3つの条件が課されているようです。
- 医薬品リスク管理計画を策定の上、適切に実施すること
- 本剤が、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)の診断、治療に精通した医師によって適切な患者に対してのみ処方されるとともに、薬物依存を含む本剤のリスク等について十分に管理できる医療機関及び薬局においてのみ取り扱われるよう、製造販売にあたって必要な措置を講じること。
- 使用実態下における乱用・依存性に関する評価が行われるまでの間は、他のAD/HD治療薬が効果不十分な場合にのみ使用されるよう必要な措置を講じること。
(ビバンセカプセル20mg他_塩野義製薬株式会社_審査報告書より)
弊社の代表はコンサータもビバンセも登録医ですが、登録医になるための審査はそれぞれ別でビバンセのほうがより厳しくされている様子、とのことでした。ビバンセは海外に当初持ち出し不可でもあり、そういう意味でも医師にとって処方薬として積極的に採用するのが難しい面があったようです。
ちなみに、2020年4月1日より最寄りの厚生局の許可を得れば自分が治療のために用いるために限って(それ以外にあるのか、という話ですが、例えば親類が海外在住の子に持っていってあげるとかは駄目)持ち出し可になったようです。
この方のブログがとても参考になると思います。
<3. 中枢薬を処方しづらい!?精神科医>
これは代表の意見です。コンサータの主成分であるメチルフェニデートは、以前リタリンという薬としても出されていました。精神科医にとっては、これが不正利用、乱用されて事件化した過去がある意味トラウマティックであるようです。また、メチルフェニデートは取締されている覚醒剤成分の1つであり、ビバンセは体内でd-アンフェタミンという覚醒剤作用の持つ活性体に代謝されます。さらにかつて(第二次大戦終結前)日本では覚醒剤が疲労感防止、眠気除去の薬として堂々と使われていた過去もあり、実は日本の精神科医はこれまで覚醒剤がもたらす深刻な精神病(覚醒剤精神病ないしは、覚醒剤に誘発された統合失調症の発症)治療に取り組んできた歴史があるのです。
そういった種々の理由で、有効とはわかっていても敢えて中枢刺激薬に手を出さない医師も多く、さらには厳しい流通管理も重なって、ビバンセ利用にはなかなかハードルが高い側面があるのです。
コンサータやビバンセの乱用・依存の危険性は
「厳格に流通が制限されている」と聞くと、きっと危ない薬だからなんだ、と思うかもしれません。コンサータやビバンセなどの"中枢神経刺激薬"は、薬効成分としては覚醒剤そのものなので、医師にとっても正確な薬理学の知識がなければ誤解を招くことになりかねません。実際にコンサータやビバンセの乱用・依存のリスクはどの程度あるのか、事実を知っておきたいですよね。
<コンサータの依存リスク>
米国のADHD治療センターに登録されている545人に対する質問紙を用いた調査*1では、14.3%の人が中枢神経刺激薬を乱用していたと報告されています。一方で、そのうちの79.8%が短時間作用型(=リタリン)であり、長時間作用型(=コンサータ)は3.3%に過ぎず、患者全体で見るとわずか0.4%となります。
国内での調査*2によると、全国の精神科医療施設の2,262例の薬物依存患者のうちADHDの併存者は74例、そのうちの30例が短時間作用型(=リタリン)であり、長時間作用型(=コンサータ)はわずか3例しかありませんでした。
つまり、同じメチルフェニデートのコンサータとリタリンですが、短時間作用型のリタリンに比べて長時間作用型のコンサータは依存リスクは極端に低いといえます。依存形成のメカニズムとして、脳(特に側坐核)のドパミン濃度が急激に高まることによる多幸感が考えられますが、コンサータはその特殊な製剤法によって「ゆっくりと放出」されるので多幸感はあまり得られないと考えられています。
このゆっくり薬剤が放出される「OROS」と呼ばれる製剤はとても優秀で、リタリンは最高血中濃度に投与から1~2時間で到達するのに対し、コンサータは投与から5~8時間でなだらかなピークに到達します。そのため、リタリンに比べてメチルフェニデートの血中濃度上昇はゆっくりで、薬の効果をわざと自覚しづらいように作られています。
OROSの仕組みに関しては別のブログで面白い記事があったので、そちらをご覧ください。コンサータを水につけて時間経過を追って撮影された写真を見ると「ゆっくりと放出」される様子が見てとれます。
ozisanyakuzaishi.hatsumeiobatchi.com
コンサータを割って粉にして、鼻から吸う、水に溶かして静脈注射するといったことをすれば血中濃度を急激に上げらるのではと考える人もいるかもしれません。ただ、このコンサータ、”めちゃくちゃ硬い”ので粉砕できないそうです。そして、仮に粉砕できても”薬剤が凝集してしまう仕組みになっている”ので、危ない使い方をしても覚醒剤の代わりにはならないというのが真実です。
<ビバンセの依存リスク>
ビバンセの薬理成分であるd-アンフェタミンは、依存性のある覚醒剤です。日本で出回っているドラッグ、シャブやスピード、S(エス)等で呼ばれる薬物の多くは”メタン”フェタミンのようですが、生体内で脱メチル化されるとアンフェタミンで、ビバンセもこれら薬物と同じ仲間です。細胞外のドーパミン濃度の上昇量や最高濃度到達速度はコカインをも上回っており依存性が非常に強いことが分かります。
じゃあビバンセは依存性がとても高いかといえば国内外の臨床試験結果を見る限りそんなことはなさそうです。小児ADHDを対象にした国内臨床試験及び国内長期投与試験では薬物依存形成が疑われる症例はありませんでした。米国の18-49歳を対象にした中枢刺激薬の医療目的外使用は10万処方あたりで、ビバンセが0.13、コンサータで0.19、と非常に低いことがわかります。ただし、リタリンのような中枢刺激薬の即放性製剤になるとメチルフェニデート即放性製剤で1.62ですから随分と高まってしまいます。とはいえ絶対値として高いと言えるかはわかりませんが。(高石,臨床精神薬理,22(10),2019の論文より改変記載)
なぜ依存性の強いアンフェタミンなのに、依存を形成しにくいのでしょうか。これは、ビバンセもコンサータと同じく、有効成分の血中濃度が急激に高まらない工夫を施された薬だからなんです。ビバンセカプセルの場合、LDXがd-アンフェタミンへと代謝されて効果を発揮する、いわゆる”プロドラッグ”の形態を取ります。人体に無害な状態で体内に入り、代謝を受けた分だけがアンフェタミンとして脳内で作用します。つまり、ビバンセもコンサータと同じく時間をかけて”ゆっくり”と脳に作用するようにできているわけです。
しかし、急速ではないとはいえ、血中のアンフェタミン濃度は十分に高まることから依存のリスクがあることは事実です。海外で行われたLDXの薬物嗜好性効果を評価した試験の結果によると、LDXを150mgで服薬した時、プラセボに比べて有意に「気持ちが良いと感じる(多幸感を得られる)」と報告されています。
発売されているビバンセカプセルの用量は20mg, 30mg(1日の限度は70mg)ですから、臨床用量のたった2〜7倍量ほどでアンフェタミンと同様の多幸感が得られることになります。
以上、考え合わせますと、コンサータもビバンセも”普通に病院で処方される量”の薬を飲むだけでは乱用・依存のリスクはほとんどないといえます。国内外の中枢神経刺激薬を服薬しているADHD者をみても、その安全性は確保されています。ただし、とても大事な条件として、ADHD診断が正しいこと、悪意(乱用)目的で使用した場合に安全性が担保されているわけではない、が挙げられるはずです。
ADHDは依存のリスクが高いと言われますし、実際に米国の資料では特に依存症者に占めるADHDの割合は高いのです。しかし、ADHD者に限って言えば「中枢刺激薬」で治療を受けていた方が薬物やアルコールへの依存のリスクは下がると報告されています。服薬により低かった報酬系の活動が高まることで強い刺激を求める衝動が減り、注意機能が増強されることで行動変容もしやすくなることが要因ではないかと思います。
そういう意味では、過去に依存症の病歴があったときに中枢刺激薬は避けるべき薬ではなく、むしろ上手く利用して将来の依存リスクを減らせるのかもしれません(このあたりは精神科医の忌避感が強そうでしっかりした研究が必要に感じられます)。
以上、今日はビバンセについてその1でした。
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