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クライネ・レビン症候群(Kleine-Levin Syndrome)

代表です。

4月に入り、新型コロナウイルス感染症の話題はやはり尽きず、大阪で流行中の変異株とついに始まったワクチン接種のスピードと、気にかかることが多いですね。特にワクチンは医療従事者には先行接種と言いつつ、私も未接種です。

振り返れば1年前は今度の冬は新型コロナとインフルエンザのダブルパンチが襲ってきそうだからインフルワクチン打ちましょう、という記事を書いていましたが、インフルエンザはものの見事に抑えられましたね。ワクチン以前に行動変容の結果か、ウイルス同士の感染競合(ウイルス干渉)の故なのか、それともワクチン接種が効いたのか、はたまた全ての複合か、結論は出ていないとは思いますが、何にせよ両者大流行で無かったのは良かったです。

www.tsudanuma-ridc.com


さて、今日はつい先日出た本を紹介しながら、名前の殆ど知られていない「クライネ・レビン症候群」について書いてみます。
著者の朝井香子氏は、表題疾患の当事者であり、NPO日本過眠症患者協会代表であり、獣医師の方のようです。

クライネ・レビン症候群の教科書

クライネ・レビン症候群の教科書

  • 作者:朝井香子
  • 発売日: 2021/01/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

後に述べるように、クライネ・レビン症候群の患者さんは非常に少ないために診断も難しいのですが、本書では何人ものエピソードが寄せられており、これまで殆どは数字でしか把握できていなかったこの疾患について、単純に症状の記述からでは窺い知ることができなかった個人としての感じ方や苦しみ、どのように対応しているのかが初めてわかりました。その意味で本書はとても貴重な本です。



個人的なことになりますが、私は約20年前、医師3年目の折に症例紹介でこの疾患を知りました。以降、自分がこの疾患の方を直接診ることは無かったのですが、今小児科で最近2例体験された先生と一緒に論文を投稿しており、その縁で参考文献を探していたところ本書に行き当たりました。



さて、このクライネ・レビン症候群(Kleine-Levine Syndrome;以下KLSとします)は圧倒的に多くの方がご存知のない病名だと思います。

どういう病気かは、著者朝井氏が代表を務めるNPOのホームページを見れば一番わかりやすい(下記リンク)のですが、私の方でもいくつかの参考文献を元にまとめます。

www.kaminshou.net


KLSの特徴

  • 過眠症の1つで有病率は100万人に1-5人程度
  • 病相期(殆ど寝っぱなしの状態が10日程度続く、長いと84日間!)と症状の無い間欠期(数週〜数年)を繰り返す反復性過眠症
  • 発症年代は10代がほとんどで男性の割合が高い(2対1)
  • 原因は不明、治療も確立したものは無い
  • 病相期には、随伴症状として認知機能障害、知覚変容、摂食障害、脱抑制行動のいずれかを伴う


どうでしょうか。不思議な病気の1つです。原因がわからないので、もしかしたら症状だけ似通っていて違う病気の方も混ざっている可能性はあります。実際のこの疾患は、他の過眠症であるナルコレプシーやKLS以外の特発性過眠症とも区別が難しく、双極性障害などと誤診(合併してもおかしくはない)されていることもあります。



有病率を考えると、とても少ないとはいえ、それでも例えば人口100万人いれば最大5人程度いるわけですから、全く見かけないわけではなく、まるっきり他人事のように考えるわけにはいきません。それでも診断ができる医師が殆ど存在していません。睡眠を日常診療の中で扱う精神科医ですら経験したことのない医師がほとんどであり、そのため適切な診断をしてもらう医師を渡り歩くことになり、本ではそれを称して「病院ジプシー」と称しています。


そのように診断ができない理由の1つは、有用な検査が無いことです。
例えば同じように過眠が問題となるナルコレプシーという病気がありますが、これに関してはヒポクレチン(オレキシンとも)というタンパク質が脳脊髄液中に低下していることが多いことが知られています。そのような低下は特にHLADQB1*0602という特別な遺伝子変異を伴っていることも多く、生物学的マーカーとして有用です。下図はある論文*1から引用しましたが、 見事にナルコレプシー(のあるタイプ)でのみヒポクレチンが低下しているのがわかります(赤丸)。一方で、KLS(緑丸)を始めとして他の過眠症では異常値は認めません。私の知る例でもそれは同じで、脳脊髄液中のヒポクレチン濃度は正常でした。また、もちろんその他の検査所見(MRIや脳波)にも特段の異常はありませんでした。


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生活に支障をきたす病相期

なにせ病相期は基本的には寝続けてしまいますから、生活には大きな支障が生じます。
発症は10代が多いので、ちょうど学校の通学と重なれば当然休まなくてはいけません。
本の中では、部活を諦めければいけなかった、眠っている間に進級ができなかった、あと半年で卒業だったけど中退したといったエピソードが紹介されています。理解してもらえれば配慮はもらえることがありますが、そもそも診断が難しく、診断されても理解が薄く、怠けていると考えられてしまうことも多々あるようです。


もちろん、社会人になれば病相期に通勤が困難になります。理解ある職場で上手く仕事を調整したり、配慮がもらえている例も紹介されており、そういう場もあることはほっとします。


私の知る例では、受験学年に入ってもエピソードが続いていたため受験が危惧されましたが、幸い治療が効いたおかげか受験期は病相期を体験することなく無事に済むことができたのでした。


尚、病相と病相の間、病相間欠期は完全に問題ない状態です。学校にも仕事にも行け、KLSの特徴である随伴症状も呈しません。今日は随伴症状については詳しく述べませんが、基本的に間欠期には病相期の記憶が定かではないことが殆どのようです。知人の例でも病相期には何度会っても、初めましてになってしまうということでした。ただ、これも個人差があり、朝井氏の本で紹介される方の中にはしっかり覚えている方もいるようです。これもそういう方もいるのかと初めて知りました。



KLSの治療


KLSの治療は確立していない、と書きました。その通り現状では確立された治療法はありません。
一応自然に治っていき、致死性の病気では無いのですが、罹病期間はArnulfら(2008年)の108例をまとめた報告で中央値が女性で9年、男性で17年であり、長い方では20年以上もエピソードが見られます。*2社会的影響は極めて大きいわけで、治療の確立が望まれるわけです。


さて、そうはいっても試される治療はあり、最も有効例の報告が多いのは炭酸リチウムです。
炭酸リチウムは双極性障害の第一選択薬でもあり、KLSのような病相期〜間欠期を繰り返す疾患には治療も含めて何らかの共通メカニズムが隠されているのかと思います。

とはいえ、朝井氏の本を読むと、紹介されている方の中で炭酸リチウム治療を受けている方は19%。一番多いのですが、凄く多いというわけではないようです。効果を感じられなかったり、まだ使いたくないという方もいるようで、特効薬とは言えない中では仕方がない部分はあります。

ただ、効かない、という方の中には十分な量の炭酸リチウムを服薬していない可能性はありそうです。炭酸リチウムは双極性障害の治療においてはその有効血中濃度が0.6〜1.2mEq/L(文献によって多少違う)とされており、かつ症状が安定していれば低い分にはOKなんですが、どうも幾つかの文献を見る限りではKLSにおいては高い血中濃度(0.8mEq/l以上)を保ったほうが効果が高いようです。炭酸リチウムは血中濃度が高すぎるとリチウム中毒という特有の中毒症状を呈するので注意が必要ですが、一定の血中濃度に達した上で維持治療をすることが重要なのかもしれません*3とはいえ、なんですが私の知人の例では低い濃度でも治療効果があったので、個人差は大きいはずです。


一方睡眠発作時にはいわゆる覚醒作用のある薬が使われることがあります。例えばモディオダールという薬がそれで、日本でもナルコレプシー、特発性過眠症、睡眠時無呼吸症候群に伴う日中の過度の眠気を生じる方に適応があります。効果を感じる方がいるわけですが、実は抗ADHD薬のコンサータやビバンセと同じように処方には医師も薬局も登録制となりました。そのため恩恵を受けるには制限がかかるようになった点、アクセスに問題が生じている方がいることが朝井氏の本でも詳述されており、気がかりではあります。

モディオダールの適正使用について - モディオダール適正使用委員会


以上、今日はご存じない方の多い睡眠障害であるクライネ・レビン症候群について書いてみました。
ちょうど良い啓蒙書が出てきたのを契機に知る人が増え、罹患された方が適切な支援を受けられることが少しでも容易になること、今後の原因究明や治療法の開発に期待したいと思います。


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*1:Bourgin, P., et al. (2008). "CSF hypocretin-1 assessment in sleep and neurological disorders." Lancet Neurol 7(7): 649-662.

*2:Arnulf, I., et al. (2008). "Kleine-Levin syndrome: a systematic study of 108 patients." Ann Neurol 63(4): 482-493.

*3:Arnulf, I., et al. (2012). "Diagnosis, disease course, and management of patients with Kleine-Levin syndrome." Lancet Neurol 11(10): 918-928.

自分を知り、自分をかえていく