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tDCSがDyslexia (発達性読み書き障害)の子どもの「読み能力」に与えた影響について

代表です。

じめじめした気候が続いていますが、そんな中、新型コロナウイルスへのワクチン接種を先日済ませることができました。ファイザー社製のものです。

その後はワクチンの打ち手としても少数の方にですが施行する機会を持っています。世界の趨勢も見ても、今後の私達の生活を以前のように拡大できるかは、どれだけワクチンが普及するかにかかっています。少しでもその普及に貢献できれば、と思っています。

尚、気になる副反応、特に2回目接種の後ですが、私はアセトアミノフェン(商品名:カロナール)をそれなりに服薬したおかげか、軽い倦怠感に留められました。本ブログ読者の皆様も、痛みや熱には薬を使って良いことも踏まえて、怖がらずに機会があれば是非ワクチンを接種してくだされば、と思います。

 

さて、今回も以前現行のはてなブログに移る前に一度公開していたブログにコメントを加えて再掲します。執筆は先日退職した学術広報佐原です。

 

 紹介するのはブラジルのバイーア連邦大学所属の研究者からの報告で2018年の論文です。

Impact of Transcranial Direct CurrentStimulation on Reading Skills of Childrenand Adolescents With Dyslexia
De´bora Medeiros Rios et al.
Department of Neuroscience and Mental Health, Medical School of Bahia,Federal University of Bahia, Salvador, Brazil Child Neurology Open (2018) Volume 5: 1-8

DOI: 10.1177/2329048X18798255

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【概要】 内容要約

  本研究はDyslexia (発達性読み書き障害;以下ディスレクシア)の子どもたち (12名)に対するtDCSの治療的効果を検討した比較的小規模な研究である。


 ディスレクシアに対する明確な治療法は確立されていないが、リハビリによって認知能力 (音韻処理・視空間認知・情報自動化処理など)を高め、「読み能力」の獲得を助けることは可能であることがわかっている。そういった様々なリハビリの介入にもかかわらず、人生を通じて長期間にわたって学習的な困難に直面することはいうまでもない。筆者らはtranscranial direct current stimulation (tDCS: 経頭蓋直流電気刺激法)を利用し、ディスレクシアにおいて機能低下が報告されている脳領域に刺激 (30分×5日間)を与え、刺激前後の課題のパフォーマンスを評価した。

 


 この研究の目的はディスレクシアの子どもの「読み能力」に与えるtDCSの治療的効果を検討すること


 

結果をまとめると

 ・tDCS後に無意味語と単文の正答数が有意に増加した。
・各課題において、読みに要した時間は有意な差を得られなかった。
・特に「1文字」や「1音節」での正解数の向上率は12歳以下の参加者で高い傾向にあった。

 


tDCSはディスレクシアの「読み書き障害」を改善する有望なツールになるかもしれない(ただしとても予備的な研究である)。今後、より大規模な比較検討研究が期待される。


【研究背景】 Background

  ディスレクシア、発達性読み書き障害は神経生物学的原因に起因する先天的な障害である。その基本的特徴は、文字の音韻化や音韻に対応する文字の想起における正確性や流暢性の困難さであり、年齢相当の「読み能力」の習熟が著しく障害されている。


  近年、fMRIやPETを用いた研究によって、ディスレクシアのある児童および成人の大脳機能の低下が相次いで報告されている。しかしながら、その神経生物学的な原因は未だよく分かっておらず、脳構造と機能のデータが一致した研究であっても結果が異なっている (言語の違いなのか診断や介入手法の違いなのか見解は一致していない)。

  

***(日本の状況について一言)***

  ディスレクシアの有病率は (言語や文化的背景にも依るが)児童生徒の5-10%前後と推定されている。 日本では文部科学省の実態調査によって「※学習面に著しい困難を示す」 (公立小中学校)児童生徒の割合は約4.5% (2003/2012)ということが判っており、ここ十年で横ばいである。日本語の「かな文字」は、文字列から音韻列への変換が規則的なため、英語圏と比べるとその出現頻度はやや少ないといわれている。

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※「学習面に著しい困難を示す」とは、「聞く」「話す」「読む」「書く」
「計算する」「推論する」の1つあるいは複数で著しい困難を示す場合を指す。

 これまでのfMRIやPETおよびVBMを用いた脳研究でディスレクシアの生物学的な原因の仮説がいくつかある。

1.左大脳のシルビウス溝や側頭葉ー後頭葉結合領域における異所性灰白質 (すなわち細胞遊走の異常)
2.中前頭回、左側頭葉、後頭葉における大脳機能低下 

 


ディスレクシアの神経生物学的な原因は未だよく分かっておらず、脳構造と機能のデータが一致した研究であっても結果が異なっている。
(言語の違いなのか診断や介入手法の違いなのか見解は一致していない)。


 筆者らが本研究で行ったtranscranial direct current stimulation (tDCS)は直流電流を経頭蓋に流して脳活動の変調を促す医学的治療法である。「簡単」「安全」「低コスト」で比較的ポジティブな結果が得られることで知られており、てんかん発作の減少をはじめ、最近では認知能力/実行機能の向上などへの効果が確認されている。

 近年、tDCSが計算、言語的ワーキングメモリー、集中力、言語ネットワークの再編等の認知課題のパフォーマンスを向上させうる医学的ツールとして多用されるようになってきた。多くの研究では、その効果を実証するために健常者で実験が行われている。例えば、1.5~2.0mAの陽極刺激を20分程度与えると、「読み(流暢さ、速さ)能力」が向上したとする報告もある。

 

果たしてその効果はディスレクシアの子どもに対しても有効なのだろうか。

 

 現在のところ「alexia (失読症)/ディスレクシア」の者に対してtDCSが行われたケースは3つある。

1.失読の成人男性に5日間連続tDCS60分(2mA, T7 and TP7, T8 and TP8)
→ 脳(後頭側頭葉)活動および接続の変化
2.読字障害の子どもに6週間/週3回 (計18回)のtDCS20分 (1mA, P7 and TP7)
→ 低頻度単語の読み間違いの減少、無意味語の読み速度向上
3.読字障害の子どもに単回3パターン (左陽極/右陰極、左陰極/右陰極、シャム刺激)のtDCS20分(1mA, P7 and TP7)
→ 単文の読み間違いが減少 (左陽極/右陰極)、単文の読み間違いが増加 (右陽極/左陰極) 

 


この研究の目的はディスレクシアの子どもの「読み能力」に与えるtDCSの治療的効果を検討することだ。


【研究結果】 Results

 本研究の参加者はDSM-Vで診断された 8-17歳の児童生徒12名 (うち9名男性)、右利き、ブラジル語のネイティブスピーカーが対象となった。参加者はWISCではIQ90を上回っており(知的障害でない)、ADHDなど他の併存疾患もなかった。すべての参加者が読み・音韻意識(音の聞き分け)の課題のパフォーマンスが低下しており、年齢に対する教育レベルは標準を大きく下回っていた。

 tDCSの刺激の前後に筆者らが自作した読み能力を測定する課題を行った。評価方法は、参加者にコンピュータ画面に提示されたものを声に出して読んでもらい、読みの「正答数」と「要した時間」を算出した。

 以下、課題の種類を示した。

 

・Letter identification task (文字)
・Syllable task (音節)
・Word task (有意味語)
・Nonword task (無意味語)
・Text task (単文)

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図1 電極の配置図



 tDCSは5日間連続で30分/日、2mAの強さで刺激セッションを行った。電極は図1のように、陽極を中側頭葉 (T3)-後側頭葉 (T5)間に陰極を右前部前頭葉(FP2)に配置した。参加者は、初日の刺激セッションを開始する前と最終日の刺激セッション後の2度評価された。

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tDCS刺激前後の課題パフォーマンス

 

 図2は課題の総正答数を示している。無意味語 (Non-word)と単文 (Text)で刺激前後に有意な変化がみられた。エフェクトサイズは単文が1.47、無意味語が0.87と非常に大きく、音節が0.57で中程度、文字は0.45と小さかった。読みに要した時間は有意な差を得られなかったようだ。

 次に上記変数の解析に加えて、各参加者について質的評価を行った。筆者らは臨床実践における個々の変化の重要性を考え、個々のベースラインスコア(刺激前)を用いて、刺激後の各タスクの正解の総数の増加または減少を計算した。

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各参加者ごとの正答率の変化率

 図3は12人の総正答数の増減を割合にした平均であるが、かなり個人差(2.6~200%)があることがわかる。特に「文字」や「音節」での向上率は12歳以下の参加者で高いようだった。

※正の値は与えられたタスクにおける個人のパフォーマンスの向上を示し、負の値はパフォーマンスの低下を意味する。スコア0は、治療後も変化がないことを表す。


総合的にみると、読みの正答数が平均して40%向上したことになり、tDCSはディスレクシアの者の読み能力に一定の効果があることがわかった。


結果をまとめると、30分という短時間のtDCSにも関わらず、

 


ディスレクシアの子どもたちは単文や無意味語を正しく読める数が有意に増えた。


【総評】 代表から一言

 以前より本ブログでもtDCSの紹介をしてきました。代表がtDCSの研究者であり、現在進行中の研究も抱えていることによります(下記リンク)。

 

neurophys11.hatenablog.com

 

   tDCSは簡便な手技でできて有害事象もとても少ないため、実行が容易なのですが、人の認知機能向上や幾つかの病態改善を目標にポジティブな報告が多数あります。私も健常者のワーキングメモリー(作業記憶)を向上させた論文を出版しています。

‘Differential effects of high-definition transcranial direct current stimulation on verbal working memory performance according to sensory modality’

 Naka M, Matsuzawa D, et al.,2018 Neurosci Lett. 2018;687:131-136.

 

今回とほぼ同じ条件の別の研究グループの結果でも、確かに読み間違いが減ったという報告があります。でも、改善した課題の内容を含めて、全ての結果が一致するわけではなかったようです。ただいずれにせよ、これらの結果はポジティブに捉えて今後の研究の進展を待ちたいところです。これまで医学的に根本的な治療の手立てがなかった読みの障害について改善手段を得られる可能性を感じさせます。

これまでの研究で、tDCSの刺激後、読みに関わる神経回路のつながりが強化されていることがわかっています (右後頭側頭葉の連結が弱まり、左後頭葉の連結が強まった)。今後の筆者らや、その他同系統の研究者にはそれを脳画像所見的にも確認して欲しいところですが、読み書き障害に対してはまだしっかりしたのは無いかなと思います(あったらごめんなさい...)。

さて、こういった研究を紹介すると、すぐにも臨床応用を、とか家の子にも適用したい!と思うかもしれませんが、こうした新技術を応用した研究に関しては、実際には効果があった部分しか報告されないので(出版バイアス)、効果について不確かな部分はまだまだ大きいと言わざるを得ません。本研究では12人の子どもたちが参加していますが、もしかしたら人数が増えたら有意差は消えてしまったかもしれない、実験室という環境を離れて学校や家庭内でも同じ結果が得られるのか、左利きの子供に同じ場所の刺激で通用するのか、そして対照群となるSham(偽刺激)統制群が設定されていない、など問題点は探せばたくさんあるのです。特にこの手の研究では対照群設定をしづらく、本研究でも両親が子どもの能力改善のための新規治療になればという思いで、長期間のSham刺激を望まなかったと記載があります。親の心情を考えれば当然ですが、本当に効果のある技術開発のためには対照群の設定は不可欠な要素です。

  今回は読み書き障害の治療に対してこんな研究が進行中であることを紹介してみました。今後のさらなる研究の進行を待ち、またご紹介したいと思います。

 

【書評】本の紹介

当事者本を1つご紹介します。


著者は、読み書き障害の困難があるので、学校時代大変な苦労とそれでも得意な大工業を活かして起業したり、でも失敗したりと波乱の様子が描かれる。緊迫感があって読み物としても面白いです。現在は小学校教師の奥様と暮らして幸せな様子。

 

本書を読むと、成長過程で褒められること、理解してもらえることがどれだけ大事か、というのがよく分かります。最後、基本的に教師に対する信頼も無い中で信頼できた2人の先生と話せたくだりはほんとに良かったねと思うのです。

 

それにしても、ディスレクシアがあると、それ以外の能力があっても如何に「できない」「しょうがない」「なまけもの」と思われやすいかということがよくわかります。実際、どんな学習も、「読める」ことが前提になっているわけで、読めて初めて学習できることが殆どな上に、「書けなければ」評価してもらえるさえ出来ない。いざ自分なり、子どもなりが同じ状況になったと思うとき、救済手段の少なさに驚くのです。

 

医者としては、能力向上の手段がやはり欲しいなと。

 

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