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株式会社ライデック(発達特性研究所)の公式ブログ

GABAってよく聞くけど...

学術広報見習いの吉良(きら)です。

こんにちは。

オリンピックも開幕! 

暑くなりましたね。

今日はお菓子売り場なんかを見てると目につくアレについてです。

 

 

GABAとはなんぞや? 

GABAーガンマアミノ酪酸、という物質を皆さんご存知でしょうか。

「GABAチョコ」といった、気持ちを落ち着かせる成分としてコンビニの店頭などで見ませんか?私も後輩からテスト勉強頑張ってください!ともらった事があります(笑)。

このGABA ですが、生体内では神経の活動を抑制する作用が知られており、そういう意味で気持ちの落ち着き、鎮静に効果を発揮するのは確かです。

でも、その目的でGABAが薬で使われる、ということはありません。

GABAが神経細胞に作用するときには、GABAを受け止めるGABA受容体(正確にはGABAA受容体←ギャバアじゃなくギャバエーです)にくっつくのですが、薬としては同じGABA受容体に作用するベンゾジアゼピン系の薬を用います。睡眠薬や抗不安薬の大部分がこれに相当します。

ここに疑問が生じます。

GABAを直接使ったほうが良いと思いませんか?
実はGABAは腸管から吸収されても脳内には移行しない...はずなんです。というのも、血液から脳内に物質が移動するときには実はバリアがあります。血液脳関門(BBB: Blood Brain Barrier)という構造があるのですが、脳内には血管から容易に毒物や神経に作用する物質が移動しないような「関所」があり、GABAはそこを通過しない(ハズ)なんです。

代表に聞いてもそういう常識だよ、と話していました。

だからGABAは薬になっていないし、GABAで気持ちの落ち着きを謳う商品を見るたびに気持ちがモヤモヤしていたのですが、実はもしかしたら脳内にも作用するかも?といった疑問が湧いてきたので調べてみたのが今回になります。

 そもそもGABAを摂取する事で落ち着く効果はあるのか?と調べた論文

 GABAチョコを食べると何だか気持ちが落ち着くという方はいらっしゃいます。実際私も食べると何となく気持ちが落ち着きます。

 でもこれはGABAの作用なのか、はたまた「気持ちが落ち着くような食べ物を食べたという認識によって自然に落ち着いた(いわゆるプラセボ効果というものですね)のであって、GABAは関係ない」のか、これは非常に気になるところです。

 京都大学の男子学生12人を対象に、GABAを含むカプセルと何も含まれていないカプセルを服用してもらい自律神経の活動度合いを測定するという実験が行われました。その結果GABA服用によって副交感神経の活動が上昇しました。副交感神経は体を休める方向に促す作用を持つので、GABAの服用には気持ちを落ち着かせる効果があると結論づけています。ただ12人と参加人数が少なく、すぐにGABAで気持ちは落ち着く!と考えるのはまだ早いかもしれません

さらに大規模な実験で同様の結果が出れば、GABAチョコの売り上げは急上昇、なのでしょうか・・・

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GABAは脳内に作用しているのか・・・?

 GABAは生体内で神経の活動を抑制するという事は最初の方で書かせていただきましたが、これは気持ちを落ち着かせる事だけでなく体が勝手に動く事を防ぐのにも非常に重要な役割を担っています。

 我々が体を動かす時、脳から運動を指令する信号が神経を介して筋肉に伝わっていきます。動かしたい筋肉以外は動かないように指令する信号も同時に出ているのですが、この信号を伝えるのにGABAは不可欠です。GABAを通じた信号伝達にトラブルがあると、突然手足がばたつく・舌を突き出すと言った自分の意思ではない運動(=不随意運動と言います)が起こってしまいます。

 今回調べた症例報告では、このような不随意運動を起こしている女の子にGABAを投与したというものです。これ以前にバルビツール酸と呼ばれる、ベンゾジアゼピン系と同じくGABA A受容体にくっついて鎮静作用をもたらす薬を使ってみましたが、効果はありませんでした。そこでGABAを血管内に投与したところ、10日後には不随意運動が見られなくなり、症状が改善しました。

 それでは、投与したGABAが脳に作用して症状が改善したのでしょうか?もう少しこの報告を読んでみると「GABAは血液脳関門を通過できないと言われており、今回のようなGABA投与が症状改善につながったのかは不明である。」と書かれていました。やはりGABAと血液脳関門は切っても切れない関係のようです。

 

血液脳関門とはどんなものなのか?

 血液脳関門は、その名の通り「血液」と「脳」の間に存在する「関門」であり、血液内の毒物・神経に作用する物質が勝手に脳内に移行しないようバリアの役割を担っています。

 血管の壁は「血管内皮細胞」と呼ばれる細胞によって構成されており、この壁のおかげで血液は血管の中に留まることができます。血管内皮細胞の間には隙間が存在し、この隙間を通じて色々な物質が血管の外に移動する事ができます。しかし血液脳関門には特別な構造(タイト結合と呼ばれる強い結合です)が備わっており、隙間がほぼありません。

そのため通常の血管のような物質移動はできず、ごくごく限られた種類の物質しか関門を通ることが許されていないのです。GABAは神経に作用する物質であるため、この関門を通り抜けることが出来ないと考えられています。

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GABAと血液脳関門に関する様々な研究

 これまで多くの研究者が「GABAは血液脳関門を通過するのか」という問題に対して研究をしてきましたが、未だ答えは出ていません。「通過する!」という結論に至った研究も、「通過しない!」という結論の研究もあります。どちらかが間違っているのではないか?という疑問になりましたが、研究毎に投与した物質が違っている(GABA「に類似した物質」を投与した!とか)、投与方法が違っている(「GABAを飲んでもらう」とか「GABAを静脈に注射する」とか)ため単純な比較ができないのです。

 また、GABAの脳内濃度を調べる方法も研究を難しくしている要因の一つです。これまで行われた多くの研究では、マウスの脳を実際に摘出して脳内の濃度を分析していました。しかしこんな方法はヒトでは行えません。生きているヒトの脳を解析するためには、MRIなどで撮影した画像を用いる事が必要です。

 ただこうした画像を用いてGABAの脳内濃度を調べようとしても、GABAは脳内(=神経細胞がいるエリア)にも脳にある血管にも存在するため、検出されたGABAが「脳内」「脳にある血管内」のどちらにいるのかまでは判断できないとのことでこちらも難航しています。

 脳に関する研究というのは、非常に高いハードルがありますね・・・

 

血液脳関門を開放させる!?

 前の章で書きましたが、GABAを介した信号伝達にトラブルがある(GABAを作れない、GABAの分解を制御できない等)と不随意運動といった症状が現れてしまうため、脳内のGABAを補う事が必要な場合もあります。ですが脳内にGABAを投与するには「血液脳関門」を無視できません。

 ここで発想を転換してみます。血液脳関門があるからGABAの動きが分からないのであって、関門を開放してしまえば確実に脳内にGABAを投与できるのではないか??

 これを実際に試した研究があります。投与した物質が脳内の特定のエリアに行き渡ることで神経細胞の活動を調節する事を調べた研究ですが、ここでは脳の一部分に特殊な超音波を当てる事でそのエリアの血液脳関門を開放させ、血管に投与したGABAがどのように影響するのかを分析していました。その結果、血液脳関門を開放させGABAを投与した時に神経細胞の活動が低下する事が分かりました。

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 なるほど、特定の条件下ではもしかしたら血液脳関門が開いてGABAが脳内に到達するのですね。他にも高熱によって開くことが知られているようです。京大の学生さんを対象にした実験でももしかすると何らかの理由があってGABAが脳内の神経細胞に到達したのかもしれませんね。

 ただここで1つ不安が生じます。血液脳関門はGABAだけに関与しているわけではありません。神経に作用するGABA以外の物質や毒物に関しても重要な役割を担っています。もし関門を開放してしまえば、そうした脳に悪影響を与える物質も通り抜けてしまう恐れがあります。「全開放!」というわけにはいかないかもしれませんね。

 

今回はGABAと血液脳関門についてのお話でした。1つの物質を扱うだけでお腹いっぱいになりますね!

脳の機能には数えきれないほどの物質が色々な経路でつながっており、未だ謎の多い分野です。だからこそ脳は人類の神秘と言われ、研究が盛んに進められています。鉄腕アトムのような人に近いロボットができるのはまだまだ先かもしれませんね・・・(世代が古いでしょうか?)

脳の機能に関わる物質は他にも数多くあるので、また調べてみようと思います。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!

自分を知り、自分をかえていく