こんにちは、広報見習いの吉良です!
最近はどんどん寒さが増してきたからか、朝起きなければならない自分と布団に潜っていたい自分との戦いが激しくなる一方です。私は一年の中では冬が好きですが、この時間だけは大変です・・・!
自閉スペクトラム症(ASD)とオキシトシン、そしてドラッグリポジショニング
さて、代表からASDとオキシトシンの話題について書いて欲しいと伝えられました。
代表もブログに以前書いていますが、以前よりオキシトシンはASDに対して治療薬的な位置づけとして期待されている部分があるのですね。
とはいえ、私はオキシトシンと聞いた時「え!?オキシトシンが??」と大変驚きました。と言うのも、医学部の勉強の中でオキシトシンが登場するのは産婦人科の分野で、子宮収縮や乳汁分泌といった作用を有する、ことしか習わないからです。
ASDとオキシトシンという二者のつながりは全く予想できませんでした。
既にAという疾患に対して使われている薬が全く別のBという疾患にも使えるのではないか、といったことを探索する「ドラッグリポジショニング」が今注目を集めています。例えばアスピリンは19世紀から解熱鎮痛剤として現在まで使用されていますが(商品代表はバファリンでしょうか)、今は抗血小板薬として血液凝固を防ぐ役割を期待して少量を脳卒中や心筋梗塞など血管性疾患の予防に使っています。他に、今回の新型コロナウイルス騒動の中では、インフルエンザ治療薬として開発されたアビガン(一般名:ファビピラビル)が新型コロナウイルス治療薬として使われていますがこれもドラッグリポジショニングの1つです。(とはいえ、アビガンのCOVID-19への効果は疑問視される報告が今は多いですね)
いずれにしても既存薬はその効果だけでなく、どのように身体の中で代謝されるのか、とか副作用について知見が既に集積されており、そもそも安全性が高いために認可されています。従って、もしそれが他の疾患治療にも役立つというのであれば、新薬の医療開発コストが莫大なことを考えたとき、とても有用な手段と言えます。
詳しく知りたい方は例えばコチラ
オキシトシンとASDとの関連もある意味ドラッグリポジショニングに近いのなと大変興味深く思いました。
それではこれから、ASDに対するオキシトシンの作用について、2つの論文を紹介します。
ASDとオキシトシンに関する論文
まず一つ目は、2015-2016年に日本で行われた研究をもとに書かれた論文です。
ここでは18-48歳のASDの診断を受けた方106人に対して、6週間にわたりオキシトシンを鼻の中に噴射するグループとプラセボ(偽の薬)を鼻の中に噴射するグループに分け、最終的にそれぞれ51名・52名が研究を完遂し、様々な観点から評価が行われました。
まずオキシトシンの血中濃度を計測し、鼻の中に噴射する事で体内にしっかりと浸透したのかを評価しました。その結果、オキシトシンを噴射したグループでは血中濃度が有意に上昇しており、体内に浸透していた事が確認されました。
次に、ADOSと呼ばれるASD特性の強さ測るテストを用いて、オキシトシンによるASDレベルへの影響が評価されました。その結果、対人関係・意思疎通においてはレベル変化が見られず、常同行動(同じ動作を何度も繰り返す)については有意な改善(図上部を参照)が見られました。
そしてもう一つ、被験者に様々な絵を見せながら目線を計測し、絵のどの部分を見ていたかを記録しました。この絵の中には「笑顔」「話をしている顔」「顔の写真と風景の写真」などが用意されており、投与前と投与後で絵の中の「目」に目線を合わせた割合がどれ程変化したかを通じて、対人関係の改善度を評価しています。その結果「話をしている顔」の写真を用いた場合「目を見ている時間」が増加しました(図下部参照)が、それ以外については差が見られませんでした。
どうでしょう、結果を見ると劇的な変化とまでは言えないと思いました。多くの項目を通じて評価がなされていますが、変化が大きかったのはその中の2項目のみです。「統計学上有意」ではありますが、実際の生活にどのような影響をもたらすのかというと必ずしもこの結果からはなんとも言えない気がします。
そしてもう1つ、オキシトシンとASDに関する別の研究結果が今年発表されました。
ASDの診断を受けた方3-17歳の方355人を対象に、オキシトシンを鼻の中に噴射するグループとプラセボを噴射するグループの2群に分け、24週間にわたって投与が行われました。ASDのレベルがどれ程変化したかに関する評価は、ABC-mSWという評価表を用いて行われ、他に社交性やIQについても評価されました。
その結果、2群の間でどの項目も有意な差は認めなかった、つまりオキシトシンがASDに有効であるという結果は得られませんでした(図参照)。
論文を読んでみて
この2つの論文を基に考えると、私の中では「オキシトシンがASDに対して有効であるとはまだ結論付けられない」という考えに至りました。しかし同時に無意味という結論でもないかな、と考えました。つまりどっちつかずになってしまったのですが…
以下、私なりの感想です。
第一に、評価項目がそれぞれの論文で異なるという点です。ASDを始め、精神科領域では1つの疾患や特性について色々な評価方法があり、その使い方も「診断に用いる」「治療効果を判断するために用いる」など多岐にわたります。ですので「何をもって改善と判断するのかゴールドスタンダードとなる信頼できる測定手段が少ない」ことが結論を難しくしているのかもしれません。裏を返せば、効果なしと判断する根拠にも無意味という結論付けすることが難しいのではと。
第二に、統計学上有意な差が臨床的に効果を示していることには直結しないという点です。評価尺度の点数が改善した・目を見る割合が増えたという「研究上の」結果が、対人関係を改善する「臨床上の」効果を直接意味しているわけでありません。例えば「肝機能」であれば、その測定に用いられることの多い、AST/ALTといった項目に改善が見られれば、それはイコール肝臓機能の改善と言えることが多いのですが、今回紹介したような研究ではそういった対応が見えづらい。特に精神科領域ではこれが研究結果を解釈するにあたって、大きな壁になっていると感じました。
もう1点はオキシトシンの投与方法です。鼻からの噴射によってオキシトシンの血中濃度は上昇していましたが、血液を通じて脳に到達したのか(鼻腔には神経が直接表面に出ており、ここに接触したオキシトシンが神経を通じて脳に運ばれていくというメカニズムがあるのかもしれませんが・・・)は直接証明が難しいというか。これはこの前記事にさせて頂いた血液脳関門とも通じますね!脳内のオキシトシン濃度が上昇しているのか、ここはキーポイントになるのではないかと思います。
尚、自ら試されたこともあるという代表と今回のトピックに関して話をさせて頂いた際「オキシトシンを鼻に噴射するのはめちゃくちゃ刺激が強い」とのことでした。お子さんも大変な思いをしながら実験をされたのでしょう・・・。
1本目の論文では、有意な改善が見られている項目があるというのは大変重要な結果だと思います。ここから投与方法や投与量・評価方法など様々な側面からアプローチを変えて研究を続ければ、明らかな変化が現れる可能性はあるのかもしれません。
今回はオキシトシンという産婦人科領域で使う薬をASDに用いるという「ドラッグリポジショニング」に近い話題でした。
この薬がこんな場面で使える!?という意外なつながりというのは非常に面白い話題ですね。今後もこういったトピックがあれば書かせて頂きたいと思います。
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発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)
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