代表です。
7月に入り、暑い日が続いていますね。
熱中症にならないよう、水分(とともにミネラルも)補給に努めましょう。

最初に宣伝をさせていただくと、この7月から来年の2月まで月に1度の、不登校や引きこもり支援のための勉強会を開くこととしました。
色々なデータからも、とりわけコロナ禍以降不登校やひきこもりの割合は右肩上がりに増えています。学校に行かないこと自体は、学校以外の選択肢が増え、個々の生き方にバリエーションが増えたとも言えるため、必ずしもネガティブな現象ではありません。とはいえ、一般的な標準コースからは外れるわけで、不登校・ひきこもり状態になった子や養育者への支援は必要です。
そんなわけで、弊社は千葉県習志野市にありますが、地域の方の専門職(医療・福祉・教育系)の方々と一緒に包括的な勉強と、地域ネットワーク作りの機会となればと考え、企画したものです。
ご関心のある方の参加をお待ちしています。
ひきこもりの国際比較研究
さて、つい最近ですが、日本精神神経学会の英文ジャーナル、Psychiatry and Clinical Neurosciences(PCN)誌に、長期的な社会的ひきこもりの国際的調査研究が発表されましたので、ご紹介したいと思います。
責任著者の方は北海道大学精神科の加藤教授ですが、多施設合同の研究で、論文著者皆さんの国籍も多彩です。
以下内容紹介の中で、*の部分は私の意見や感想が入っています。
調査方法について
著者たちは、世界34カ国の精神科医に、ひきこもりの一例を送付しています。参加者は、渡された症例をもとに、以下の項目について評価しました:自国での類似症例の頻度;および診断の枠組み、診断、自殺リスク、治療計画の側面など。
症例は、論文リンク先から、補足資料としてダウンロード可能で、以下のような事例となっています。
・事例の要約
24歳男性、過去3年のひきこもり、両親と同居、一人っ子
主訴は自室への引きこもり、何を尋ねても「わからない」
小学生まで特段の問題認めず、中学時代より頻繁に学校欠席、本人弁では小学校時代いじめられたせいで対人交流を回避。
工学部進学するも3年生時(21歳)で中退、以後家庭内。
昼夜逆転、夜はインターネット、ゲーム、漫画など。
昨年両親により精神科受診し、問には殆ど「わからない」と答え、明らかな幻覚妄想などは無し。うつ病や潜在性統合失調症と診断。抗うつ薬や抗精神病薬は途中で中断。
*この症例に関しては良く練られていると思います。著者たちはこの症例紹介にあたり、「ひきこもり」は診断上複雑であり、うつ病や精神病の初期段階など他の精神疾患と類似した症状を示すことがあること、必ずしも一般的な精神科スクリーニングが有用でもないことなどを盛り込んで作ったようです。
最終的に34カ国の精神科医、合計344人が参加し、回答数は459件。10人以上の回答者がいた国は、日本(61人)、韓国(54人)、ネパール(48人)、イラン(40人)、タイ(32人)、インド(23人)、香港(12人)、および英国(10人)でした。その他の国は「その他」のグループ(64人)にまとめられました。
*なかなか国際的ですが、回答した医師の60%が男性です。さらに内訳を見ると、日本や韓国、インドではほぼ男性(80%前後)なのに対し、イランやタイは女性の方がずっと多いのは興味深い気がしました。実はこの研究は若手医師(回答を寄せた精神科医の経験年数は平均8.4年)のネットワークを通じてアンケートを配布したようですから、何かそのあたりが関係しているのでしょうか。参加国が多数にわたる一方で、著者たちも言及していますが、DSMのアメリカ合衆国からの回答が少なかったのは残念です。
結果及び考察
*全てはどの国からも比較的若手の医師が参加していること、それが必ずしもその国の精神科医全体の見解を代表しているかはわからないことを前提の上で結果を見ることが大事ではあります。その上でまとめてみると、
類似症例の認識: すべての国の回答者が、自身の診療国で類似の症例がみられると感じていましたが、タイではその割合が有意に低い。特に日本やインドの回答者は、都市部でより頻繁にみられると報告しています。一方、タイの参加者は、臨床実践および都市部、農村部いずれにおいても、このような症例は比較的稀であると感じていました。これは、特定の国や文化がひきこもりの発生に対して感受性が低い可能性、あるいはそのような行動が非病理的、あるいは通常の行動の変異として捉えられ、臨床的注意を要しないとみなされている可能性を示唆しています。
診断ガイドラインへの適用性に関する意見の相違: 症例が既存の診断マニュアル(ICD-10またはDSM-5)の基準に適用できるかについては、参加者間でかなりの意見の不一致あり。全体として、ICD-10基準が適用できると感じたのは過半数(55%)だったが、DSM-5基準については、意見が分かれました(適用できる43%、できない40.1%)。日本からの参加者は、ICD-10、DSM-5のどちらも適用できないと感じていましたが、インドと「その他」のグループの参加者はどちらも適用できると考えている割合が高かったです。
治療設定と介入手段に関する見解:ほとんどすべての参加者が症例には治療が必要だと感じていました。最も一般的な推奨治療は「外来受診」でしたが、国によって入院の推奨度合いに大きな差が見られました(日本で5%、インドで36.4%)。介入モダリティ(手段)については、すべての国で心理療法が高く評価され、多くの国で環境介入も高く評価されました。薬物療法に関しては、韓国、イラン、インドは高く評価するグループに加わりました。イラン、ネパール、インドでは特にひきこもりの要因として生物学的な要因を強く評価していました。
尚、興味深いことに日本の精神科医の18%がこの事例をひきこもり症例と判断したのに対して、他の国の精神科医では3.18%であり、ひきこもり現象がとりわけ日本で長年の間確認されていると言えるのではないかと考察しています。
本研究への感想
ここからは引用を交えて私の感想と意見を。
この研究自体はとても興味深いですね。「ひきこもり」というワードは恐らく精神科医であれば殆どの国で知られており、ただし、それを本研究で採用した事例に適用するかは社会文化的な相違によって違うことがよく確認されたと思います。
ちなみに、この事例を私が評価するとすれば、診断的にはまだ正直わからず、1回や2回の診察では保留とする可能性が高いと思います。確かに医療的治療は入るほうが望ましいと思えますが、本人が内面で何を考えているかや、家族間関係を含めた環境的な要素はもっと知りたいですね。それはこういう調査の限界だろうとは思いますが。ひきこもり、と判断するかは、状態的には3年間ほぼ外部との接触がなく過ごしている点を考えると、「ひきこもりの状態」とは言える認識です。論文の中で日本の精神科医の18%が、という記述がありますが、むしろ非常に低い印象です。他の診断ではゲーム依存やインターネット依存があったということですが、そちらは私は滅多に診断しません。
結局のところ、診断という話においては著者たちも言及していますが、
精神保健における診断プロセスは本質的に主観的であり、専門家は自身の無意識の偏見がこれに影響を与える可能性に気づいていなければなりません。臨床家がうつ病の非典型的な症状、例えばイライラした気分、敵意の増加、興奮状態などを認識しないことは、より典型的な症状を示す場合よりも診断される可能性を低下させる可能性があります。
とあるように、たまたま相談された精神科医の主観による部分も大きいわけです。
この論文の筆頭著者は英国の方のようですが、
スティグマ(偏見)は、イギリスにおける少数民族集団の支援を求める障壁としても
指摘されています。これは、日本の文化でひきこもり状態と関連する「恥」の感覚と類似している可能性があります。 臨床家は、ひきこもりの症状を評価する際、強固で徹底的なアプローチを採る必要があります。より広範な観点では、ヒキコモリと他の文化的に関連する苦痛の表現形態との比較研究は、これらの現象が診断上類似した実体であるかどうかを明確にする可能性があります。
と書いており、実際各文化圏における人の感じ方、人生の送り方をよく知らないと診断を間違うということはあるため、この研究のように、共通の質問紙によりどのような考えを人が抱くか(精神科医だけであったとしても)を調査する意義は大きいはずです。
私自身も、以前精神病院に勤めたとき、中国から来て間もない統合失調症診断があるらしき人や、ベトナムから移住して間もなくで日本語が話せない方が来た時には、行動だけの観察では病的と判断してよいかさっぱりわからなかった経験があります。言葉の直訳ができても役には立たず、その方の暮らす文化圏において、その発言や発想は少なくても健康的とは言えない、という現地出身通訳の方の言葉がなければ治療に踏み切れなかったでしょう。
さて、論文中にも「ひきこもり」は「hikikomori」と記述されていますが、実際ひきこもりという単語は国際的です。少なくても精神科領域では。
フランスで何度もひきこもりの講演を行ったことがある古橋忠晃医師の論文によれば、日仏英における「ひきこもり」とその近縁概念の使用頻度はそのまま引用すると下記のようです("ひきこもりに関する日欧比較〜フランスを中心に~"「精神科治療学」35(4)、2020より)。

明らかに日本発なわけですが、同じ状態を同じ言葉で説明できるとすればそれはとても有用ですね。