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第3章の1 報酬系──「やる気」より「動き出せる仕組み」【ADHD連載】

代表です。

前回は、ADHDを理解するうえで重要な「実行機能」について考えました。

実行機能とは、目標に向かって行動するために、自分の考え、感情、行動を調整する働きです。抑制、ワーキングメモリ、プランニング、切り替え、自己モニタリングなどに分けて考えると、「わかっているのにできない」という状態を少し具体的に理解しやすくなります。

今回は、ADHDを理解するためのもう一つの重要な視点として、「報酬系」について考えます。

報酬系というと、専門的で、いかにも脳科学的な言葉に聞こえるかもしれません。実際、報酬に関わる脳の仕組みは複雑ですし、ドーパミンなどの神経伝達物質も関係します。ただし、ここで注意したいのは、「ADHDはドーパミンが少ないからやる気が出ない」というように単純化しないことです。

それは雑な説明であり、この章で考えたいのは、脳内物質で説明することではありません。むしろ、日常生活の中で、「なぜ大事なことに手をつけられないのか」「なぜ締め切り直前になると急に動けるのか」「なぜ好きなことや刺激の強いことには入り込みやすいのか」を、報酬や動機づけの仕組みから考えることです。

ADHDについて考えるとき、「やる気がない」という言葉は非常によく使われます。

しかし、私はこの言葉にはかなり注意が必要だと思っています。

「やる気がない」と見える行動

外来や相談場面では、次のような話をよく聞きます。

宿題や課題をなかなか始めない。

提出期限が近づかないと動かない。

大事な書類を何週間も放置してしまう。

好きなことにはすぐ取りかかるのに、必要なことには手が伸びない。

最初は意欲的だったのに、途中で飽きてしまう。

試験前や締め切り直前だけ急に集中する。

注意されると反省するが、また同じことを繰り返す。

こうした行動は、周囲から見ると「やる気がない」「本気ではない」「危機感が足りない」と見えやすいです。本人自身も、「自分は怠け者なのではないか」「根性がないのではないか」「また先延ばししてしまった」と自分を責めていることがあります。

もちろん、すべてをADHDのせいにすればよいという話ではありません。生活の中では、責任を持って取り組むことも必要です。約束や締め切りを守ることも大切です。

ただ、同じ失敗が繰り返されるときに、「やる気が足りない」で止まってしまうと、次の対策が出てきません

なぜ始められないのか。

どの条件なら始められるのか。

どのタイミングで止まるのか。

何があると続きやすいのか。

報酬やフィードバックがどのように働いているのか。

ここを見ていく必要があります。

報酬遅延嫌悪という考え方

ADHDの報酬系を考えるうえで、代表的な考え方に「報酬遅延嫌悪」があります。英語では delay aversion です。

これは、簡単に言えば、待つことや遅れた報酬が苦痛になりやすく、すぐに得られる報酬に行動が引っ張られやすい、という考え方です。

たとえば、1か月後に試験があるとします。今から少しずつ勉強すれば、後で大きな成果につながるかもしれない。これは頭ではわかります。しかし、その報酬は遠い。今日勉強したからといって、すぐに強い達成感があるとは限りません。むしろ、目の前の動画、ゲーム、SNS、別の興味のある調べ物の方が、すぐに刺激や満足感を与えてくれます。

このとき、将来の大きな報酬よりも、今すぐ得られる小さな報酬に行動が引っ張られやすくなることがあります、というかそういうことが多くないですかね。

これはADHDの方だけに起こることではありません。人間は誰でも、遠い報酬より近い報酬に弱いものです。健康のためには運動した方がよいとわかっていても、今日はソファで休みたい。将来のために貯金した方がよいとわかっていても、今欲しいものを買いたい。これはかなり普遍的な人間の性質です。

ただ、ADHD特性がある場合には、この傾向が生活や学業、仕事に支障が出るほど強く現れることがあります。あるいは、実行機能や時間処理の問題と重なって、「遠い目標に向けて少しずつ進める」ことが難しくなります。

ここで大事なのは、「将来のことを理解していない」のではない、という点です。

本人は、試験が大事なことも、締め切りがあることも、仕事を放置すると困ることも、よくわかっていることが多いです。問題は、その遠い結果が、現在の行動を起こす力として働きにくいことです。

とすれば、対策は報酬を近くに置くこと、となりそうです。

遠い報酬が行動を起こす力になりにくい

さて、報酬遅延嫌悪を日常的な言葉に置き換えると、「遠い報酬は行動を起こす力になりにくい」と言えるかもしれません。

たとえば、次のような場面を考えてみます。

数週間後に提出するレポート。

年度末までにまとめる資料。                    

1年後の資格試験。

半年後に5kg痩せたいダイエット。

数年後のキャリア形成。

将来困らないための片づけや家計管理。

これらは、どれも大切ですが、報酬や成果が遠い。今日やったことがすぐに見えにくい。さらに、途中経過へのフィードバックも少ない。そうすると、行動を始めるための力が弱くなります。

一方で、直前の締め切り、上司からの催促、明日の試験、今日中に返さないといけないメール、目の前のトラブルは強い刺激になります。遠かった課題が、急に「今すぐやらないとまずいもの」になります。

その結果、締め切り直前に急に集中する、いわゆるラストスパート型の行動が起こります。

これは、「本当はできるのに普段はサボっている」というより、遠い目標では行動が起動しにくく、緊急性が強くなった時点でようやく動き出せる、と考える方が自然です。

もちろん、直前集中で何とかなることもあります。若い頃や課題が少ない時期には、それで乗り切れる場合もあります。むしろ、短期決戦では高い能力を発揮する方もいます。

しかし、長期的にはこのやり方は消耗します。

毎回締め切り直前に追い込まれる。

睡眠を削る。

ミスが増える。

周囲に迷惑がかかる。

本人も強い自己嫌悪を抱く。

それでも次も同じパターンになる。

この悪循環が続くと、「自分は怠け者だ」「自分は信用されない」「どうせまた失敗する」といった自己評価の低下につながります。

ですから、報酬系の視点は、単なる脳科学の話ではなく、自己批判を減らし、具体的な支援に変えるための視点として捉えてみると良さそうです。

 

3章の2に続きます。

 

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