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遺伝子変異が影響する年齢依存的な脳構造について

皆さんこんにちは、広報見習いの吉良です!

いよいよ6月で雨の日も増えてきた気がしますね。

さて今回は、脳の発達と衰えに関する記事を書いていきたいと思います。

内容は下記リンク先のNature Neroscience誌からです。

www.nature.com

  脳は年齢を重ねるにつれて機能が低下し、時に認知症といった病気を発症してしまうこともあります。その一方で、70・80代になっても毎日パソコン作業や色々な趣味を楽しまれている方もいらっしゃるので、一概に機能が低下するということではないかもしれません。

  脳の機能の変化には、脳そのものの構造の変化が深く関与しています。例えば認知症の患者さんには、脳が小さくなっている(「萎縮」と言います)方がいらっしゃいます。こうした構造の変化には食生活といった生活習慣など、色々な要素が影響していると思いますが、この変化に「遺伝子」が関与しているのではないか、という仮説が立てられています。遺伝子というのは本当に色々な場面で登場しますね!

バリアントってなに?

  論文紹介の前に「バリアント」という言葉を紹介させて頂きたいと思います。

ヒトのDNAには約2万の遺伝子が存在していますが、ある一つの遺伝子に着目すると、全員が全く同じ塩基配列の遺伝子を持っているわけではなく、変異があるためいくつかの種類に分けられます。この種類の違いを「バリアント」と呼び、バリアントによって個々人の特徴や体質に違いが現れる可能性を持ちます。

今回紹介する論文は、このバリアントが長期的な脳構造の変化に関与している可能性があるというものです。

まずは脳の構造と年齢の関係から

  研究の対象者は2段階に分けて募集され、合計で15640人が対象となりました(すごい数です!)。個々人の脳の構造をMRIという検査機器でスキャンすると共に、遺伝子を一気に解析する技術(GWASと言います)を用いてバリアントを解析しました。更にこの解析結果を年齢と紐づけて、脳構造の変化やバリアントが年齢とどのように関連しているのかということも調べられました。

  まず脳の各部分毎に、年齢を経るにつれてどのような変化が起こるか解析が行われました。図では赤い部分が大きくなっており、青い部分が小さくなっていることを表しています。左端の7歳や15歳の時点では大脳白質や小脳白質と呼ばれる部分が大きく成長していました。この部分には神経線維が多く詰まっています。右端の55歳や75歳の時点では側脳室と呼ばれる部分が拡大していました。側脳室は脳の中にある空洞なので、この部分が拡大すると脳そのもの(脳実質)は萎縮といえます。脳は一定の年齢までは成長を続けますが、高齢になると萎縮する方向に傾くわけです。

バリアントと脳構造の関係

 次に、先程説明させて頂いた遺伝子の「バリアント」と脳構造の変化の関連について解析がなされました。その結果は3つのカテゴリーに分けて説明されていました。

 1つ目が「年齢に左右されない関連」です。いくつかの遺伝子が取り上げられていましたが、中でもGPR139という遺伝子のバリアントが側脳室(脳の中の空洞)の大きさと関連していると分かりました。論文内の図を借用しますと・・・

 

 この図は、GPR139遺伝子のバリアントのうち「a」という配列(アレル)を持っていた場合に側脳室のサイズがどのように変わるのか、様々な研究結果を一気に解析した結果を表しています。

 右下のオレンジで囲った数字が、これらの解析をまとめた結果になります。-51.07という数値は側脳室の大きさが減少、つまり脳実質は大きいことを表しています。GPR139遺伝子の中で今回解析されたバリアント「a」は、年齢に関わらず脳の萎縮を抑える役割を果たしているという可能性を示す結果となりました。

       2つ目が「年齢に左右される関連」です。ここでは特にDACH1という遺伝子のバリアントが大脳白質のサイズ変化と関連していることが明らかになりました。大脳白質には神経線維が多く存在しているので、脳の中でも非常に重要な部分です。

 この図は、DACH1遺伝子のバリアントのうち「a」という種類(先程の「a」とは別物だと思います)を持っていた場合、大脳白質のサイズ変化にどのような影響があるかを表したものです。ここでも複数の研究結果を参考にしており、1つの丸が1つの研究・丸のサイズが研究の対象者数を表しています。丸が大きい程規模の大きな研究ですね。これらの研究結果を組み合わせたものが図の赤い線になります。

 縦軸の0を境にして、上に行くほど拡大・下に行くほど減少するような影響を持つということになります。グラフの赤い線を追っていくと、10歳の頃は線が0より上にありますが、20歳の頃には線が0より下に(=減少させる方向に傾いた)向かっています。その後40歳頃からは線が上昇していき、60歳以降は再び拡大する方向へ向かっています。年齢を重ねるにつれて、減少→拡大というようにバリアントが脳白質サイズを年齢に応じて変化させているということでしょうか。白質は繊維束であり、実は神経細胞体が集まった灰白質との割合は年齢の応じて意味合いが変わります。生まれてから脳は成長していくわけですが、ある年齢層からは灰白質の割合が高くなる一方で、高齢化により灰白質が減少してくる過程も反映しているのでしょう。*1

MAGMA登場!遺伝子セットって?

 最後に「MAGMAを用いた解析」です。

 遺伝子は1つだけで全ての働きを担っているのではなく、複数の遺伝子が連動して機能を発揮しています(遺伝子Aは遺伝子Bの活性化を促し、遺伝子Bは遺伝子CとDの働きを抑え…最終的に遺伝子Kが活性化するという流れなど)。今回用いられたMAGMAというソフトウェアにはヒトの体内における様々な機能に関わっている遺伝子のセットが予め保存されており、今回の解析データを読み込ませて脳構造の変化にどのような遺伝子・遺伝子セットが関与しているのかを調べることが出来ます。

ctg.cncr.nl

 MAGMAを用いて遺伝子と脳構造の関係を解析したところ、これまで出てきたGPR139やDACH1に加えて「APOE」という遺伝子が、記憶を司る海馬や感情を司る扁桃体という部分や脳の表面部分のサイズ変化に関わっていることが分かりました。

 脳全体が萎縮し、特に海馬が初期段階からダメージを受ける「アルツハイマー型認知症」という病気がありますが、この病気の発症にAPOE遺伝子の一部のバリアントが深く関与していることが既に分かっています。今回の解析でも、APOEが海馬を始めとした脳のサイズ変化に関わることが改めて明らかになりました。

 そして、MAGMAに保存されている遺伝子セットを用いて解析を行ったところ「神経核(神経細胞が集中しているエリア)の発達に関わるセット」が小脳白質という部分の構造変化に、「Phorbol-13-acetate 12-myristate(という名前の物質)に反応する遺伝子セット」が脳の表面のサイズ変化に関わっていることが分かりました。この他にも様々なセットが脳の構造変化に関与しており、今後はこのセット内の様々な遺伝子を解析して更なるメカニズムが発見されるかもしれません。

脳の将来は既に決まっている・・・?

 さすがは世界に名だたるNatureの姉妹誌に掲載された論文と言うこともあってか、データも大勢の方から集められ、大規模な研究が行われました。その結果、ある種類の遺伝子バリアントを持っていると脳が萎縮しにくい傾向にあり、年齢に応じて機能が変わるバリアントが存在している可能性も明らかになりました。また複数の遺伝子がセットで脳構造の変化に関わっていることも示唆されました。

 では私達の脳が将来どのような変化をしていくのかは既に遺伝子によって決められてしまっているのでしょうか。答えは「まだ分からない」です。今回の研究ではあくまでも「関与」が明らかになったのであり、このバリアントを持っているからあなたの脳は将来こういう状態になります!というところまではまだまだ言えません。ですが将来研究が進み、脳の成長や萎縮に中心的な役割を果たす遺伝子が発見されれば、その遺伝子を解析して個人の将来の学力や知能・性格などを、赤ちゃんの頃から予想することも不可能ではないかもしれません。この技術が医療で活用されれば大変うれしいのですが、遺伝子を改変して特定の能力に長けた人物を作り出す(デザイナーベビー)という倫理的な問題が生まれるリスクを持っています。

 遺伝子や遺伝情報は最高機密の個人情報と言われています。活用方法は無限大である一方、使い方を誤れば人々にとって甚大な不利益になる諸刃の剣です。遺伝子との向き合い方は科学の世界では永遠の課題となりそうですね。

 今回はかなりボリュームのある内容でしたが、最後までお読みくださりありがとうございました。次回もよろしくお願い致します!

番外 インパクト・ファクターって何?

 尚、今回ご紹介した論文が掲載されているNature Neroscience誌はインパクト・ファクター(IF)という指標が高いことでも知られています。IFはその雑誌の掲載論文がどのくらい他の論文に引用されているかによって決まる指標で、インパクト・ファクターの多寡が例えば大学や研究所などの教授選では価値を持つようです。Nature Neroscience誌のIFは24で、代表に言わせると「メチャクチャ高い」だそうです。でも、IFだけを指標にして論文の価値を決めちゃダメ、とのことでした。ご興味ある方は代表のブログをどうぞ。

 

neurophys11.hatenablog.com

*1:ヒトの脳は加齢とともに萎縮するが,この萎縮には,灰白質,白質の体積減少が関わっており,年齢 と灰白質,白質体積との相関は互いに異なっている.灰白質体積の年齢による変化は,部位によってやや異なるが,おおよそ5~12 歳前後にその体積のピークを迎え,その後はリニアに減少する.一方,白質の体積はおおよそ40~50 歳代まで緩やかな増 加がみられ,その後減少することが明らかになっている. 瀧靖之 「大規模脳画像データベースから見る脳の発達と 加齢,認知症予防」2020より

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