皆さん、こんにちは!
広報見習いの吉良です。最近は自宅で勉強の日々を送っております…。台風に蒸し暑さやコロナ第7波(収束方向ではありますが)と今も大変な日々が続いておりますが、皆様どうぞ健康に気を付けてお過ごしください。
さて、今回紹介する論文は自閉スペクトラム(ASD)に関するものです。
ASDは発達に独特の特徴をもつ発達障害の1つで、コミュニケーションの苦手さ、特定の物事へのこだわりが強い、感覚過敏といった特徴が見られます。そのため幼少期から様々なサポートが重要になるのはご存知の通りです。
ASDと聴覚過敏
さて、ASDで見られる特徴の中に「聴覚過敏」があります。自身の周りの音がとても大きく聞こえたり、耳に響いたりすることで日常生活に支障をきたすほど辛いものです。パソコンのキーボードを叩く音が非常に不快に感じる、繁華街など色々な音がする場所が我慢できない、など様々な感じ方があります。
この、ASDの方に聴覚過敏が起こるメカニズムは今まで詳しく分かっていませんでした。この仕組みへアプローチした論文を、今回は2本ご紹介したいと思います。
そもそも「音」ってどのように認識するの?
論文をご紹介する前に、我々は音をどのように脳で処理しているのかを説明したいと思います。(論文内での説明内容を参考にしました。)
まず音は耳の穴に入り中を進んでいきますが、耳の奥には「蝸牛(かぎゅう)」と呼ばれる渦巻状の構造物があります。音が蝸牛に到達すると、蝸牛内部にある神経(聴神経)が刺激されます。この刺激が電気信号となって、脳への伝達が始まります。図は耳の構造と聴覚伝導路(耳から大脳皮質の聴覚皮質に行く神経の道筋)ですが、ここではなんとなくでいいのでそんなものなんだと思って下さい。
電気信号は聴神経から脳幹に伝わった後、2つの経路に分かれますが、論文内で言及されるのは以下の経路です。
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① 蝸牛核(CN)→反対側の内側台形体核(MNTB)→外側上オリーブ核(LSO) →大脳の聴覚処理領域
② 蝸牛核(CN)→同じ側のLSO→大脳の聴覚処理領域へ
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2つの経路がバランスを取り合う事で、脳に音の情報(大きさ・高さ・方向など)が伝達されるという仕組みです。このバランスが崩れると、実際よりも遥かに大きな音量の音として情報が伝わったり、特定の音の情報のみが強く伝わるといった聴覚過敏の原因となります。
それでは、論文紹介に移りたいと思います!2つ紹介します。どちらも三重大学の研究室からの論文です。研究室のHPはここですね。
内側台形体核(MNTB)の細胞密度についての論文
1つ目の論文は、先程述べた経路のうち「内側台形体核(MNTB)」に焦点を当てた研究です。MNTBは、外側上オリーブ核(LSO)の活動を抑える(=脳への情報伝達を抑える)働きを持っています。研究では、MNTBの働きが不十分になることで脳への情報伝達が過剰となり、聴覚過敏の症状が現れるという仮説が立てられました。
ASDの特性を持つマウス(ASDモデル)とASDの特性を持たないマウス(対照モデル)を複数匹ずつ準備し、それぞれの脳のMNTBに存在する神経を観察するため、細胞内に存在する物質に特殊な方法で色をつけて目印とし、細胞や神経繊維の密度を比較しました。
図の中央(d,e)を見比べてみます。MNTBに存在する神経細胞の密度は、対照モデルに比べてASDモデルでは明らかに少なくなっています。図の下(f,g)では線状の神経繊維が見られますが、線維の密度もASDモデルの方が少なくなっています。
実際にMNTBの厚さを計測してみると、ASDモデルの方が薄くなっていました。
なお音の伝達経路には、脳幹から蝸牛へ向かう(これまでとは逆向きです)神経繊維もあります。研究ではこの経路に異常が起こっていないかについても調べられましたが、2種のモデル間で神経の分布に差は認められませんでした。
今回の実験ではマウスが用いられましたが、ASD特性を有する人でもMNTBの情報伝達を抑える力が弱まり、聴覚過敏が生じるという可能性が示唆されました。
MNTBの役割に関しての論文
2つ目の論文も、MNTBに関する研究です。
この研究はMNTBの比較を行ったという点では先程の論文と同じですが、比較方法が異なっています。
まず1つ目と同じく、ASDモデル・対照モデルのマウスを複数匹ずつ準備しました。そしてそれぞれのマウスを箱に入れ、16kHzの音を60分間聞かせました(一部は比較のために箱に入れた後音を聞かせませんでした)。その後各マウスの脳のMNTBを解析しました。
先程の論文ではMNTB全体を観察していましたが、今回は特定のエリアに絞って解析が行われました。
MNTBに存在する神経細胞は、それぞれ「この周波数の音が聞こえたら反応する!」と役割が分かれており、周波数毎にグループで密集していると考えられています。今回は16kHzの音をマウスに聞かせたので、16kHzの音に反応する神経細胞が集まったエリアを中心に観察しています。
そして、今回の実験では「音に反応した時に細胞内で作られる物質」に色をつけました。これによって、16kHzの音に反応した神経細胞がどこにいるのか、というのを見ることが出来るようになります。
実際に観察した結果が下の図です。
まず下の段(C,D)は音を聞かせなかったマウスですが、対照モデル・ASDモデル共に色がついた細胞(=音に反応した細胞)は見当たりません。音を聞かないと物質は作らないよ!という事が裏付けられました。
次に上の段(A,B)は音を聞かせたマウスの比較です。対照モデルでは16kHzに反応する細胞が密集していると予想される領域に色がついています。(黒矢印で示されている範囲です)一方ASDモデルでは、音に反応した細胞がより広範囲に広がっている事が分かります。
MNTBの中で音に反応した細胞の割合を計算した結果、ASDモデルではより割合が高くなっていました。
これら2つの研究を通じて、ASDでは音の伝達経路に変化が生じており、音の情報処理に影響を与え聴覚過敏となっている可能性があるという事が示唆されました。
MNTBでは何が起こっている?
2つの研究結果を要約すると、ASDモデルでは対照モデルと比較して
① MNTB内の音の伝達に関わる神経細胞が少なくなっており、MNTBそのものも薄くなっていた
② 16kHzの音を聞かせると、音に反応した神経細胞はMNTB内でより広い範囲で観察され、反応した細胞がMNTBに占める割合も増えていた
最初に私がこれらの論文を読んだ時「ASDモデルでは細胞は増えている?減っている?どちらなのだろうか」と疑問を持ちました。この事については論文内でも言及されており「2つの研究では細胞を観察する段階で、色を付ける対象の物質が異なっていた。物質毎の分布が異なっているため、このような結果の差が生まれた」と述べられています。
ここからは私の仮説です。
私は「細胞の機能が変化しているのではないか」と考えました。通常、MNTBに存在する神経細胞は、特定の音に対して反応するようになっている。ところがASDモデルでは細胞がより多くの音に対して反応しやすくなっている、もしくは反応する音は変わらないが、細胞のいる場所がいつもより広い範囲に及んでいる、ということで「情報伝達の抑制」というMNTB本来の機能が変化してしまっている、などなど。
考えられたのはここまででした…。後日代表と話していると、「神経細胞は、最初からどのような刺激に反応するかが決まっているものが多い」とのことで、それを踏まえると、「細胞が広範囲に広がっている(図の下)」という説の方があり得そうですが、果てさて…。
ともあれ今回紹介した論文からは、「ASDでは、音の情報を脳に伝達するプロセスに変化が生じている事で聴覚過敏が生じている」ということが示唆されました。
今回は特にMNTBに焦点が当てられましたが、他の領域にも変化が起きている可能性もあります。未だ謎多き問題で、今後更なるメカニズムの解明が期待されます。
聴覚過敏は、本人が日常生活を送る中で非常にストレスになると思います。対話トレーニングや日々の学習をする上でも、大きなハードルです。そして、どのような音が苦手なのかというのも千差万別です。一人ひとりとしっかり話をしながら、少しでも快適に生活していけるようサポートしていく必要があると思いました。
今回もお読みくださり、ありがとうございました!