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ポリジェニックリスクスコア(PRS)について_新しい遺伝指標

皆さん明けましておめでとうございます!

2回続けて広報見習いの吉良です。

寒いですね。この季節はラーメンをすすってほっこりするのが好きなのですが、塩分の取り過ぎに!という戒めと、おいしいスープに出会いたい!という欲求の戦いは常に欲求が勝ち、やや後ろめたさを感じつつ温まっております。

さて今回は代表からの要請で新しい遺伝指標である、ポリジェニックリスクスコア(Polygenic Risk Score: PRS)についてです。聞いたことない人が多いかと思います。

ウチは○○が多い家系で・・・

高血圧や肥満・糖尿病など生活習慣病が連日バラエティ番組などで取り上げられています。病院で実習していると、患者さんのご家族に生活習慣病を持つ方が複数いらっしゃるという事をよく耳にします。

 脳梗塞や心房細動といった病気は、脂肪の多い食事や運動不足・喫煙など生活面でのリスク因子が数多く存在します。家での食事がリスクを高めるものばかり(しょっぱい!脂肪だらけ!甘い!)ですと、家族みんなが生活習慣病になるかもしれません。しかし病気というのはそうした環境的な要素だけでは説明できないことがほとんどです。明らかに生活習慣に悪いことばかりしていても何故か高齢まで健康な人が身近にいませんか?その逆で、少なくても自分よりは節制しているのに糖尿病になっている人とか?

 環境的なリスクと並んで病気の発症に重要なのが「遺伝的リスク」です。「遺伝子の異常」と聞くと、多くの方は「がん」を思い浮かべられるかと思います。実際がんは遺伝子の異常が原因となり、この異常な遺伝子が親から子へ伝わると、子供も将来がんを発症する危険性が高くなります。女優のアンジェリーナ・ジョリーさんはこのような親から子へ伝えられるタイプのがん遺伝子異常を持っている事が分かり、がんになる前に左右の乳房を摘出した、というニュースが以前報じられていました。

 このように「遺伝子的なリスク」が心房細動や脳梗塞などの生活習慣病や多遺伝子疾患(殆どの精神科疾患もそうです)の発症にも関与しているのは前々からわかっていることではありますが、ポリジェニックリスクスコアは遺伝子リスクを考える上での新しい概念です。

殆どの疾患は多数の遺伝子が関わって発症している

 疾患の原因がたった1つの遺伝子変異から起きているということがあります。例えば、家族性に遺伝する神経疾患であるハンチントン病は、HTN遺伝子の異常が原因とされています。また、デュシャンヌ型筋ジストロフィーという疾患もX染色体上のジストロフィン遺伝子の異常で起こります。このように、疾患に関与する遺伝子が1つもしくはごく少数(=つまり原因が絞られている)であれば、この遺伝子の異常の検出がすなわち病気の診断となり得るわけです。

 しかし、圧倒的多数の疾患、ことに私達に身近な生活習慣病である糖尿病や高脂血症、それに循環器系の病気、例えば心房細動の発症リスクを高める遺伝子といったのは多数あるはず、というのは医学界の常識でした。

 その一方で、代表が大学院生の頃など(10数年前でしょうかね?)は結構研究者が勝手にこの遺伝子が原因!みたいに決め打ちして調べていたそうです。そのため遺伝子研究の再現性は非常に乏しかったとか。1つの遺伝子に関して検査を行って仮に異常が見つかっても、それがどの程度病気の発症リスクを高めるのか分からなければ、検査した意味があまりないですね...。

Polygenic Risk Scoreで網羅的に!

 その後コンピュータの進歩で全ゲノム解析ができるようになって、ついに出てきた指標が「ポリジェニックリスクスコア(Polygenic Risk Score:PRS)」です。1つ1つの遺伝子変異の病気発症への重要度(寄与度)は小さくても、変異した遺伝子が集まると疾患に繋がる機能異常が出てきやすくなる、という感じのものです。

 まず、数万人規模の人からサンプルを採取し、全ての遺伝情報を解読していきます(GWASと言います)。そしてAという病気について遺伝子毎に発症との関連を統計的に分析し、各遺伝子の病気への関与の度合いを点数化する事で、Aという病気に対するPRSの点数評価表を作ります。ここに患者さん毎の遺伝子解析結果を組み込むことで、一人一人のPRSが算出され、発症リスクがどの程度なのかを判断する事が出来るようになります。原因となる遺伝子を特定するのではなく、遺伝情報全体を網羅的に解析してリスクを算出するという方法です。この方法であれば「あなたの遺伝情報を解析すると、この病気の発症リスクは〇倍となります」と言う結果が伝えられ、より自分の体について理解が深まると思います。

 ここまでの内容を図で表してみました。わかりやすいといいのですが。

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図に示したマルたち(〇)は病気に関与する遺伝子で、〇が多い程多くの遺伝子が発症に関与している事、〇が大きい程より深く発症に関与している事を表しています。1つの遺伝子が発症に大きく関与する病気であればその遺伝子を検査すれば良いのですが、多くの遺伝子がある程度ずつ関与しているという場合、1つの遺伝子だけを調べてもあまり有効な結果とは言えません。また我々がまだ気づいていない遺伝子の関与もあるかもしれません。

そうしたものを含めた全遺伝情報を網羅的に解析する方法がGWASであり、それを基に算出する点数表がPRSという事です。

PRSとADHD

 そしてPRSは精神科分野でも活躍しています。例としてADHDとPRSの関わりを研究した論文を紹介したいと思います。精神疾患や発達特性では、家族内に同様の方がいらっしゃるケースが見られます。環境的な要素もあるかもしれませんが、遺伝的要素はどうなのでしょうか。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 この研究では33,872人(ADHDの診断を受けた人が13,725人、対照群が20,147人)に対してGWAS解析を行い、ADHDに関するPRSを作成しました。

 その結果、PRSの点数上位2%群は点数下位2%群と比べてADHDの発症リスクが6.03倍に上昇していました。また両親の精神疾患の有無や家庭の収入状況など様々な環境リスクとの関連も解析され、いずれも発症リスクを高めるという結論に至りました。加えてPRSと環境リスクには相互関係がない事が認められ、PRSは純粋な遺伝的リスクを評価したものであるという事が示唆されました。

 もちろん、まだまだ研究途上分野の研究であり、かつてのような決め打ち式の遺伝子解析で十分にはなかった再現性が確認されていく必要があります。ですが、精神科分野にも遺伝的なリスクがPRS的な解釈によって次々と明らかになってきており、今後他の様々な疾患への応用が期待されます。

PRSの今後やいかに!

 今回はPRSという遺伝子の面からアプローチした病気の発症リスク解析、そしてPRSの精神科分野への応用を取り上げさせていただきました。

 何回も書いてしまっているのですが、PRSで是非注目していただきたいのは「網羅的」というところです。これまでの研究ではリスクになっているだろうと予想した遺伝子異常に焦点を当てた解析が主でした。ところがGWASの登場により、全く病気と関係のない「と思われていた」遺伝子も解析の対象となり、思わぬ関わりを発見する事が出来るようになりました。

 例えば先述したADHDについて、診断にPRSを用いる事で遺伝子的側面からより正確な診断を行うことができ、未だADHDと診断されておらずケアが行き届いていない患者さんへ適切にアプローチできるようになると良いのではと思います。また薬の代謝に関するPRSを評価すれば、どの薬剤を使う事が望ましいかを判断する指標にもなります。このように、PRSは診断や治療など多くの面で力を発揮する事が期待されます。

 一方でPRSにはまだまだ課題が残されています。人種や年代・性別を問わずどのような集団に対しても適用できるPRSの点数評価表を作成するには非常に多くのサンプル数が必要です。また研究コストや「実際の臨床現場でどの程度力を発揮できるのか」(これは私のこれまでの記事で何度も出てきた課題ですね・・・)も更なる発展の余地があるように思います。遺伝子分野でアツくなっているPRSが今後も楽しみです!

 

今回もありがとうございました!

自分を知り、自分をかえていく