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発達障害は増えている?

代表です。

新型コロナウイルスに関しては夏の波も和らいで来た印象がありますね。
国民全体で感染対策に励んだ結果、いろんな感染症が少なかった今年ですが、やはりこれから先予想されるインフルとの同時流行には心を引き締めていきたいところです。


さて、今日は講演などすると必ずと言っていいほど聞かれる質問に対して、私の認識を述べてみたいと思います。
それは、「発達障害は増えているのか?」という話題です。

これについては様々なことが言われていますが、1つだけ確かなことは、「診断数は確実に増えている」です、但し西欧先進国と日本・韓国においては。

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まず上図左は増え続けているアメリカでのASD診断頻度(8歳時点)です。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)によれば、2000年には150人に1人(0.67%)であったのが、2016年統計では54人に1人(1.89%)と倍増以上。かつてKannerが知的発達の遅れを伴う小児自閉症を報告した時に考えられていた著しく低い頻度(0.05%)を考えれば、大変急激な増加ですね。
同様にADHD診断も増え続けており、CDC統計では4-17歳の子どもにおいて2003年に7.8%から2016年には9.4%へ上昇したといいます。

図3は世界各国でまとめられたASDの疫学論文から10000人あたりの有病率がまとめられているものです。1960-80年代前半の各国の研究では0-10人に過ぎなかったASDが、診断基準の変化があるにせよ、2000年代後半から多くの先進国で劇的に報告数が増えていることがわかります。1つ注目すべきは、西欧諸国や日本・韓国とくらべて、オマーンやイランでの有病率は西欧の1960年代のような低さであり、一部の先進国と他の地域において非常に大きな診断数の差が現れていそうですね。


発達障害診断増加の原因
 さて、診断ベースでは確実に増えている発達障害は、何かしら現代の環境要因を背景に生物学的な理由を持って増加しているのか、それとも単なる見かけ上の問題に過ぎず、拾い上げる率が上がっただけなのでしょうか。

    実際に増えている……生物学的要因(含環境因子の影響)
               
    見かけに過ぎない……診断基準の変化(拾い上げる率が高くなった)
               元々多かったのだが、顕在化してきただけ


実際に増えている生物学的要因はあるのか??

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そういうことがあるのかについて。ASDについて考えてみます。

①医学の発展でより多くのASDの方が子供時代を無事に過ごすようになった、という可能性はあるかもしれません。実はASD児は免疫に異常が見られることがあり、感染症に罹りやすいことが知られています。そういった意味では現代の乳幼児死亡率が低下した中、無事に幼少期を過ごし成人となるASDの方が増えた可能性はありそうです。ASD児が行動的に周囲への非同調性を示しても、現代社会においてはそれがすぐに生存のリスクにはならないということもあるかもしれません。

さらに、現代医学は1000g以下の未熟児も無事に育て上げることが出来ますが、未熟児の脳発達には異常が伴うことも多く、超早産児(27週未満)が将来ASDになる可能性は通常の出産に比べれば高いことを示唆する結果が幾つか出ており、ASD児が増えている理由の1つになりえます。ただし、数として大きい割合は占めていないでしょう。


②環境要因として例えば父母の高年齢や夫婦間の年齢差が大きいことが発達障害児の増加に寄与しているとデンマークの大規模疫学研究で報告されています。特に男性の精子形成における新規の遺伝子変異が年齢を経ることに多くなる(de novo変異といいます)報告が蓄積されつつありますが、それが発達特性の発現に影響している可能性は十分に考えられそうです。

また、最近は遺伝子DNA直接ではなく、メチル化のような化学的修飾が変わることによる遺伝子発現の変化(エピジェネティックな変化)が話題ですが、その誘発にも父母の高年齢化や、何らかの化学物質を含めた環境因子が影響しているかもしれません。

ただそれが何かというと同定することは難しそうです。「奪われし未来」や「メス化する自然」などの著作で話題になったように、環境中の化学物質の影響が性に現れることが動物では示されている一方、人間でははっきりしません。また、メス化が影響であるならばASDは違うかもしれません。ASD特性はどちらかといえば男性的側面が強調されていると言えますし、実際男児に多いことが知られています。化学物質の小児発達への影響は、子宮内暴露も含み、ASD増加に何からの関係はあって良さそうだですが、結論は出ていないし、これはという明確な答えは出ない気がします。微妙すぎて。

尚、環境因子でワクチンが話題になったこともありますが、これは明確に否定されています。以前書いたとおりです。
www.tsudanuma-ridc.com


③最後に炎症です。
実はこのところ精神疾患の発病メカニズムとしてもっともホットなものが、炎症の関与です。身体に何かしらの例えばインフルエンザに罹って炎症が起きたとき、免疫系が働いて血液には様々な免疫物質(サイトカイン)が出てきます。そのサイトカインが精神疾患の発病や持続に影響している証拠がどんどん出てきています。腸内細菌叢の変化がそういった免疫系を変化させてサイトカイン放出を促す報告もあります。

そして母胎がインフルエンザ感染などを契機に免疫物質を産生したとき、それが胎児脳にも影響し、発達障害特性を含めた何らかの症状発現を生後に促すことが動物実験では確認されています。


さて、こうして環境要因は近年の発達障害診断の増加を説明する生物学的理由を十分に提供しているように思えますが....一方にはそのような生物学的要因で全てを説明できるわけではなく、発達障害診断の増加は、見かけに過ぎない可能性もあります。


発達障害の増加は見かけに過ぎない(=診断数が増えただけ)論

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①診断基準の変遷
 自閉圏の診断はそもそも、Aspergerが最初に児童症例として報告した「アスペルガー症候群」が、成人でもそれがあることをWingが見出してからは診断の幅が大いに広がりました。DSM-IV(1994年)で自閉圏の診断には、大きく「自閉症」「高機能自閉症」「アスペルガー障害」としてサブカテゴリーが作られましたが、一方で自閉的行動特徴はその程度が軽度から重度まで連続的に分布していることもあり、その境界を客観的に評価して分けることは本質的に困難でした。

現在のDSM-5(2013年)では全てを包含する概念としてASDと一括して診断するようになって、診断を容易にしています。Hansenらによれば、デンマークにおけるASD診断数増加の60%は、1994年の診断基準改訂(ICD-8からICD-10の採用)と、データベースへの1995年の外来患者算入によって説明できるとのこと。

私の実感からすると、発達障害特性が念頭に置かれなかったほんの10年近く前まで、ASDやADHDは統合失調症、精神発達遅滞、双極性障害や境界性人格障害のような誤診ないしは二次障害的な部分だけが診断されていた気がします。


②今の成人に現在の診断基準を当てはめてみると...
診断基準の拡大による感度の向上と、特性理解による誤診減少が、ASD診断の増大を説明するのであれば、現在の成人を対象に現在の診断基準を当てはめて診断すると、子供と同程度の有病率が得られると考えられるはず...

実際にBrughaらの英国での16歳以上を対象にした調査(n=7461)ではASDの有病率は年齢層によって変わりがなく、子供に匹敵する約1%であったといいます。また、ADHDでは、60歳以上を対象にしたオランダの調査で2.8%(n=1494)、成人を対象にしたフランスの調査で2.99%(n=1171)であるという。ADHD特性が年齢と共に和らいで診断基準を満たさなくなることが多いことを考えると、成人の有病率は、十分に高いと言えるのではないでしょうか。これらの研究は診断精度や対象人数に限界があるとはいえ、成人の中に診断されてこなかった発達障害者が実は多くいることを示唆しています。


③社会構造の変化による顕在化
最後に、発達障害の特性の中でもASD的な特徴の1つとして、こだわりと、真面目で一つのことをコツコツと同じ手順を正確に踏んで取り組むことが可能、逆にその手順が違うとひどく混乱してしまうという側面がありますよね。一定の手順やラインに従って作業に従事することが可能な第1次2次産業中心の社会では適応力が高いとも言えます。

一方で、第3次産業でサービス提供が中心になってきた現代社会では、コミュニケーション能力の不足や、臨機応変な対応、マルチタスク作業の困難さなどによって、特性が障害として顕在化しやすい環境にあるのは確かでしょう。実際、ASDの有病率は先進諸国で上昇が見られるのに対して、開発途上国ではかつてと同じように1/1000人レベル。ただし、開発途上国では保健医療サービスへのアクセスが先進国と比較して段違いに悪いはずで、同じようにいるのにデータとして上がっていない部分は大きく影響しているでしょう。


尚、第3次産業だけでなく、技術が発展した現代の第1次2次産業だからこそ能力を発揮できるASD特性を持つ方も大勢知っているので、顕在化=不適応ではありませんね。


真に数が増えているかはまだ結論出すのは難しい

さて、今日は私は、実際に数が増える生物学的要因もあれば、診断基準や社会構造変化によって顕在化しやすくなっただけという2つの立場から書いたつもりです。そして、全く個人的には、見かけ上増えただけ説のほうが臨床実感には合っている気がしています。全く逆の感想を持っている医療者教育者も多いですから、少数派かもしれませんが。とはいえ、診断数増加要因は複合的で、何か1つに収束されるわけではありません。


いずれにしても、発達特性が学校生活や社会活動上、残念ながら障害になっている方がいる以上は、それが本当の増加だろうが、見かけの増加だろうが臨床的・教育的には対応しなくてはならないし、誰にとってもより住みやすい社会を引き続き目指したいところです。


環境因子の寄与判断は慎重に

最後に、環境因子の寄与が間違って断定されるとワクチンを自閉症の原因としたような混乱を社会に招きかねないことには常に念頭に置くべきです。過去と比較して現在の子どもたちが環境要因に暴露されて発達障害特性を更に多く持つようになったのかは今後の研究の進展をまだ待つべきであり、それらしい結論に安易に飛びつかないことが肝要です。



今日の主張は実は本書や類似書への反論という側面もあります。
本書は発達障害を脳神経発達の異常という観点から捉えた時に、環境要因が様々な生物学的変化を引き起こしているのがその異常の原因となっているという主張を展開します。ストレス、環境化学物質(農薬やPCBなど)、重金属や薬剤などへの暴露などが、遺伝子変異や遺伝子発現の変化(エピジェネティクス)に関わっており、結果的に発達障害を増加させていると。

もちろん、その可能性は今日書いたように否定するつもりはないのですが、それでも本書は強調しすぎに感じられるのです。

そもそも環境因子という点では、発達障害診断が少ない開発途上国のほうが種々の環境物質に対する法令も未整備で、先進国より条件が良くは無いのでは...とも思ったりします。


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 発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)

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