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【研究紹介】発達障害は体の不調を起こしやすいのか?_ASDと身体疾患

 こんにちは、株式会社ライデックの学術広報の佐原です。

 

 新型コロナウィルスの終息がいつになるのか、、、不安が拭えないまま5月も半ばを過ぎました。弊社でもビデオチャットアプリ(Zoom等)での遠隔カウンセリングを採用し、当面の間は対面業務は自粛する方針で過ごして参りましたが、ようやく感染者数の減少も見られているため、6/3(水)より業務再開の予定でおります。

もちろん、感染状況によっては変更の可能性はありますが。

 

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 インフォデミック(infodemic:根拠のない情報が大量に拡散・伝染してしまう現象)という言葉が巷で流行っています。これは、インターネットの普及する現代社会では止めることが難しいように見えます。学術論文も100%正しいわけではないですし、情報が信頼できるか否かは受け手による影響も大きいです。私も医学情報を発信する身として、正確な情報源を選ぶことにより一層注意を払っていきたいと思っています

 

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 さて、今回は「発達障害は体の不調 (例えば、新血管疾患・胃腸障害・内分泌障害・自己免疫疾患・感染症など)を起こしやすいのか?」というテーマで、2000-2016年までの文献検索によるシステマティックレビュー*1をASDとADHDの2回に分けて紹介していきます。

 

 次 ➡︎執筆中

 

 

⇓原著はこちら

link.springer.com

 

 

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【要約】

身体の病気を治療することで、発達障害の症状が緩和されていく可能性が示唆されている

自閉症スペクトラム症(ASD)と関連が示唆される身体疾患は「免疫疾患と消化器疾患」だった。  

※少なくとも、病院で治療が必要な病気のリスクが高まるとまでは言えませんが、これらの症状を訴える子の割合は多いと言えそうです

 

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【はじめに】

<身体一元論的な病気の考え方>

 「精神疾患と身体疾患」は全くの別物だと思ってはいませんか。思い返していただきたいのですが、「頭が痛くて」「気分が落ち込む」だったり「不安が強くて」「胃が痛くなる」などは精神症状と身体症状に関係があることがわかると思います。私はGWは家に引きこもって「体を動かさなかった」ために、「ボーッとして作業に集中できない」時間が増えてしまったように感じています。

 

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「 精神症状 ⇆ 身体症状 」

 

 これは双方向の関係です。精神疾患があると健康的な身体活動が減り、身体の疾患にも脆弱になってしまいます。逆に、アトピー性疾患や片頭痛などの体の病気があっても、炎症が起こることで細胞はストレスに曝され、精神的健康度は下がりやすくなってしまいます。発達障害は生まれつきの障害だから治らないとよく耳にしますが、身体の病気を治療することで発達障害の症状が緩和されていく可能性は十分にあります

 

 

<発達障害と体の不調>

 例えば、「自閉スペクトラム症(ASD)」では、胃腸(腹痛、便秘、下痢など)の病気と深く関わりがあると言われています。特に、ASDの子どもは自分で主観的な経験や症状を説明するのは難しく、胃腸の痛みや不快感を言葉で表現できない代わりに攻撃性や自傷行為を含む破壊的な行動を通じて不快感をあらわにしたりすることが多いようです。そうなると、家族や医師を含む支援者にはその胃腸の症状ではなく、自傷行動や攻撃性の高さだけが問題のように見えてしまいます。

 

 

 

 「ASDの子どもに糞便を移植したら、6割の子どもで消化管症状が改善し、2年後も子どものASD症状にはっきりと改善がみられた(消化管症状とASD症状の程度は相関がある)」という米アリゾナ州立大学の有名な研究があります*2。少しだけまとめてみたものをご覧ください。

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 この研究によると、10週間の消化管バイオーム改変による治療を行ったところ、小児自閉症評価尺度(CARS)スコア、および消化管のQOL評価尺度(GSRS)スコアが有意にさがったといいます。1度の治療から2年が経過してもスコアは下がったままで(平均して消化管症状は58%減、自閉症症状は45%減)、これらの症状は相関があり、消化管症状の改善がASDの症状緩和につながる可能性を示しています。また、参加者のうちの 83%が「重度」の自閉症と評価されていましたが、治療後2年が経過すると「重度」はたった 17%になっていたという驚きの結果も示されています。

 

 

 3年前、「糞便(腸内細菌叢)移植で自閉スペクトラム症が治る」という研究紹介記事を初めにみた時、私はまるで信用していませんでしたし、研究に再現性がないとする反証論文も多く出ていたと記憶しています。てんかんのような神経症状はわかるとして、消化器疾患や免疫疾患と発達障害を同時に考える機会はあまりないですよね。ただ、頭から否定できるほど科学的根拠に欠けるものでもありません。むしろ、糞便微生物叢の多様性に乏しかったASDの子らが、多様性に富む微生物叢を取り入れることで消化器症状が改善し、身体→精神へと変化がもたらされると考えると自然なようにも思えます。

 

 

(参考)ASDの子どもの消化器症状をすばやく診断するためのチェックリストがAASJの論文ウォッチで公開されています。事前に家族がわが子の症状を観察し、それを主治医に客観的に伝えられたら、もっと治療はスムーズに進むのではないか。そんな思いでチェックリストを邦訳して公開されています。

自閉症スペクトラム児の消化器症状チェックリスト | AASJホームページ

 

(参考)便の移植については、以前に代表が自身のブログで取り上げています。

奇跡の医療と腸内細菌 - 神経科学者もやっている精神科医のblog

 

 

【結果】 

<発達障害と関連のある疾患分類>

 さて、今回紹介するシステマティックレビューでは、2000年から2016年までに英語で書かれた論文を検索対象とし、検索ワード "子どもの発達障害"と"身体疾患"に関する論文をデータベース(PubMedとPsycINFO)から検索しています。 全部で5278の論文が検索にかかり、スクリーニングの結果、29の論文データ*3が解析対象になっています

 

 結果は大きく4種類(免疫疾患・消化器疾患・神経疾患・その他の疾患)に分けて簡単に紹介したいと思います。

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<1. ASDと免疫疾患>

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 多くの研究論文は「アレルギー性疾患」と「自己免疫疾患」について調べていて、簡単にまとめると以下のようになります。

・幼児期のアトピーはASDの発症リスクと関連があるかもしれない(HR = 3.40)
・アレルギー性疾患、自己免疫疾患ともにASDの子どもで有意に診断頻度が高かった(アレルギー:OR = 1.22, 自己免疫疾患:OR = 1.36)

・喘息の診断頻度は有意に低かった(OR = 0.83)

・ヘルペスウィルスとの接触はASDと関連がなかった

・乾癬の症例はよりASDの子どもで有意に多くみられた(OR = 2.35)

・血中ホモシステイン濃度の増加とASDの重症度に相関がみられた

 

 一方で、日本で行われた城之内らの研究によると、アトピーや喘息、食物アレルギーとASDは関連がないという結果が出ています。

 

<2. ASDと消化器疾患>

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 自閉スペクトラム症と消化器(胃腸)の弱さは比較的よく言われています。ASDの子どもにおける最も一般的な胃腸の問題は、便秘(20%)や慢性的な下痢(19%)だというデータがあります。尿中の成分であったり、腸内や便中の細菌構成が異なっているなどの指摘はありますが、その原因ははっきり分かっていません。

 

 

 実際、消化器症状の併存率は23-70%と高いことやそういった症状が強い子ほどASDの重症度と相関があると研究では報告されていますValicentiらの研究によると、ASDの子どもは非発達障害児や、他の発達障害児よりも胃腸に何らかの問題(消化器症状、便異常、偏食など)がある割合が有意に高かったそうです。Wangらの研究では、ASDの子どもはASDでない兄弟と比較しても消化器症状が多いと両親による報告から結論づけています。この報告は実感と一致する部分が多いです。

 

 

 また、Chandlerらの報告によると、10−14歳のASDの子どもたちのアンケート調査では、少なくとも1つは消化器症状があると答えた子の割合が46.5%と非常に高かったそうです。一方で、知的能力や重症度による消化器症状の有無との関連性は見当たらなかったそうです。

 

 

 さらに、ASDでも消化器の病気の有病率が上がるわけではないと報告する研究報告もあります。デンマークのMouridsenらの研究によると、3-65歳のASD/ASD者の間に統計的な有意差はなく(オッズ比= 1.5; 95%信頼区間= 0.8–2.6)、同程度の疾患のリスクだと述べています。こちらの研究は国立病院のデータベースを用いているので、「下痢や便秘の頻度が高い」「職場でよく腹痛になってトイレに行く」のような病院にかからないけれども問題を抱えているようなケースはカウントされていません。少なくとも、病院で治療が必要な消化器の病気のリスクが高まるとまでは言えませんが、消化器症状を訴える子の割合は多いと言えそうです

 

<3. ASDと神経疾患>

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 先ほどのMouridsenらによると、デンマークのデータベースではASD者は一般人口よりも高い割合でてんかんを持っていたといいます(3.9% vs 2.0%)。てんかんは神経細胞が過剰に活動することで痙攣や意識障害などの発作が起こる脳の疾患です。神経疾患の中ではメジャーですが、約1%の有病率という統計があります。

 

 実はASDにおいて、てんかんの発症率は非常に高いことで有名です(てんかん患者のASD発症率も同様に高い)。大規模なアメリカの調査の数字を借りると、ASDの子どものてんかんの平均有病率は約12%で、思春期までに26%に達するほどです。 共通の遺伝子変異が脳のシナプス形成異常に関わっており、神経回路発達障害がてんかんとASDの併発の原因と言われています。

 

<4. ASDとその他の疾患>

  これは消化管の症状と何か関係があるかもしれませんが、失禁に関するVon Gontardら研究によると、平均年齢10歳のASDの子どもたちは腸や膀胱をコントロールする神経発達が遅れており、夜尿症や日中の尿失禁が多くなると報告しています(25.7% vs 4.7%)。また、少し信頼性には欠けますが、Van Tongerlooらは一般の診療所における症状の訴えを集めたところ、次のような訴えがASD児に多かったと報告しています。

 

・偏食家、泣き虫のように見える

・不安症、睡眠障害が多い

・鼓膜や扁桃腺の手術が多い

 

 

ここまで、ASDと体の不調の関係について述べてきました。

続いては注意欠如・多動症(ADHD)の結果を紹介していきます。

次 ➡︎ 執筆中

 

 

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 発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)

本記事は株式会社ライデックによって作成されました。できるだけ、簡単でわかりやすい言葉で、英語を日本語に意訳していますが、データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。また、弊社HPTwitterにてさまざまな発達特性情報を発信していますので、興味のある方はそちらもチェックしてみてください。

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*1:システマティック・レビュー(英語: systematic review)とは、文献をくまなく調査し、ランダム化比較試験(RCT)のような質の高い研究のデータを、出版バイアスのようなデータの偏りを限りなく除き、分析を行うことである (Wikipedia)

*2:Kang et al, 2019. Long-term benefit of Microbiota Transfer Therapy on autism symptoms and gut microbiota.

*3:ASD = 14, ADHD = 17 {ASD+ADHD = 2}

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