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【ADHD治療薬が効いた】 小児慢性疼痛の背景に潜んでいた発達障害

今回紹介する研究はスウェーデンからの症例報告です。主人公は、慢性疼痛のために学校に行けなくなってしまった6歳の少女です。小児の慢性疼痛は決して珍しい疾患ではなく、比較的よく見られる。慢性疼痛へのアプローチは、疼痛そのものを完全に無くすのではなく、疼痛がありながらも行動拡大を考えていくように心理療法を施していくことが必要ですが、それでもなかなか慢性疼痛の治療は難しいものです。

謎の痛みに3年以上苦しんでいた少女は、これまでに気づかれていなかった発達障害特性に気づき、特にADHD治療薬が疼痛を和らげ、登校もできるほど生活の質が改善した。慢性疼痛だけでなく、背景に潜む発達障害特性への対応が必要な子は実は結構沢山いるのかもしれません。

※この記事は以前に当社のホームページで公開している内容と同一になります。

【小児慢性疼痛患者の背景にあるADHDやASD|症例報告とレビュー|

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原文はこちらから↓

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A case report and literature review of autism and attention deficit hyperactivity disorder in paediatric chronic pain

Author|Camilla Wiwe Lipsker

Institution|Functional Area Medical Psychology, Functional Unit Behavioural Medicine, Karolinska University Hospital, Stockholm, Sweden

Journal|Acta Pædiatrica

Accepted|11 January 2018.

DOI | https://doi.org/10.1111/apa.14220

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発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)

 

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本記事は株式会社ライデックによって作成されました。できるだけ、簡単でわかりやすい言葉で、英語を日本語に意訳していますが、データの解釈や内容表現に誤りがあれば、コメント欄にてご指摘ください。

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【要約】Abstract

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精神疾患領域において小児の慢性疼痛は一般的であるが、神経発達障害の併発率は不明である。今回の症例報告では、重篤な小児慢性疼痛患者が実は注意欠陥/多動性障害 (ADHD)とアスペルガー症候群 (のちのASD)を併発していたケースが報告されている。痛みに対する様々な治療が試みられ失敗を繰り返していたが、ADHD治療薬 (メチルフェニデート;リタリン*1の投与によって劇的な機能および痛みの改善が見られたという。小児性慢性疼痛において、ADHDやASDの合併が論文として報告されたのはこの報告が初めてとなる。

 

結果をまとめると

  • ADHDとASDが背景にあることがわかり、リタリンの投薬を行ったところ痛みが軽減した
  • 投薬と同時にペアレントトレーニングを行ったところ両親の抑うつや娘の痛みに対する不安が減少した

 

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合併する神経発達疾患の行動評価や適切なスクリーニングを行うことで、治療が困難とされている小児性慢性疼痛への治療の選択肢が広がるかもしれない。

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【研究背景】 Introduction

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<慢性疼痛は難治である>

慢性疼痛は、原因不明の痛みが3ヶ月以上再発を繰り返しながら続く非常に厄介な疾患だ。種々の病因で発症するが、心因性であることが多いため正確な病因は不明である。成人特有の疾患ではなく、小児にも増えている疾患である。 *2日本でも厚労省の調査によると5〜10万人の小児が線維筋痛症(慢性疼痛)だと推察されている。*3現在、その痛みを和らげ、QOLを向上させるような特効薬はなく、臨床現場では治療法の模索が続いている。難治であるため、鎮痛薬投与が長期となり、治療者も本人も家族もその見えない痛みに困惑することが多く精神的にも疲弊する。

 

<スウェーデンの少女のケース>

今回紹介するケースはスウェーデンに住む6歳の少女で、下記のような病歴があった。

  • 生後9ヶ月頃から慢性の疼痛を経験し、ペインクリニックに通っている
  • (初め、両親はひざの痛みだと思っていたが)1歳を過ぎ3歳頃までに慢性の頭痛や膝関節および筋肉の痛みを訴え始める
  • 軽く触れたり押したりする圧力だけで痛みが悪化する(運動療法はできない)
  • 社会的な接触、心理的ストレス、強い光や音刺激によって痛みが増す
  • 痛み止めはほとんど効かない
  • 家族病歴は祖父が関節炎および乾癬、両親が片頭痛もちである
  • 知的指数は正常で、他の合併症は診断されていない 

 

<治療の過程でみえてきた発達特性

痛みの病因が不明なため様々な科に罹り、さまざまな診断を受けてきたと書かれている。薬物治療なども受けてきたが、どれも痛みを緩和させることができなかった。症状が改善しないことによるドクターショッピングは慢性疼痛の患者でよくみられるという。ペインクリニックで医師と心理士による認知行動療法(CBT)が行われ*4、少女の心理・社会的な発達特性をよく観察してみると、彼女は下記のような特性があったという。

  • 4歳の頃から同級生や一緒に遊ぶことに興味を抱かなかった
  • 予期しない変化に不安や抵抗を感じていた
  • 病院での診察中も多動であった
  • 特別、馬やその他の動物に興味があった

彼女の、そして両親の行動評価をしていくと彼女の症状(疲労感・多動・易刺激・社会活動の困難さ)はどうやらただの痛みだけからくるものではないことがわかった。

最終的に精神科で注意欠陥/多動性障害 (ADHD)とアスペルガー症候群の診断を受けた (DSM-IVによる診断)。

  

 

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少女に対して、ADHD治療薬(リタリン)による介入

両親に対して、ペアレントトレーニングによる介入*5

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【研究結果】Results 

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図1. 介入前と介入後の少女の痛みの変化

<少女の痛みはADHD治療薬(リタリン)で軽減した>

少女の痛みの強さを強さと部位を模式図にしたものが(上図1)である。ADHD治療薬の介入開始前は慢性の頭痛と膝関節に激しい痛みを感じていたが、介入後は左膝にわずかに痛みを感じるレベルになった。

 

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図2 本人の痛みの評価(左)と母親の心理評価(右)

結果は劇的で、治療介入前のアセスメントでは痛みの評価が最悪の痛み「10」だったのに対して、治療介入後~2年後では痛みが「6→5→1」まで減弱した。*6

母親の心理評価を治療前後とフォローアップを通して行った結果が示してある。不安や抑うつの精神心理的評価(Hospital Anxiety and Depression scale: HADS)を母親に対して行っている*7

結果を見ると、治療開始前は抑うつ感が臨床的に有意に高かったが、2年後には全くなくなっている(12→0)。また、両親の「子どもの痛みに対する心配*8」も治療前は臨床的に有意に高かったが、治療後落ち着いている(28→4)。

  

【結論】Conclusion  

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<まとめ>

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家族関係と児の発達特性の理解を目的とした適切な心理アセスメントにより、

慢性疼痛の治療アプローチの幅が広がり、結果的に症状が快復することもある。

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<痛みを取り除くことだけに執着しない>

2年間のフォローアップで少女の痛みは週に平均一回程度に減り、学校に行けるようになるまで快復した。また、母親は自身の抑うつ感情や不安も減り、少女の問題行動に対しての訴えもなくなった。ただ、メチルフェニデートの投与なしでは痛みへの不安は出てくるという。今回のケースレポートでは、子供の行動評価を正しく行うことで疼痛の背景にADHDとASDが見つかった。本症例ではメチルフェニデートが有効だったが、すべての小児慢性疼痛患者に効果があるということではないだろう。大事なことは適切な心理・発達アセスメントを行い、治療のアプローチに幅を広げることだ

 

さらに筆者らが強調しているのは、両親へのペアトレの効果が非常に大きいということだ。本症例で行っているペアトレ(ACT)の目的は困難な気分を取り除くことではなく、不快な気分に対して、オープンマインドでいること、過剰反応せずにいることだ。医師だけでなく両親も治療者として、小児慢性疼痛患者の痛みをとることに注力するのではなく、普段の生活において「困らない程度」の痛みにしていくことが大事であると述べられている。両親の抑うつや不安の感情を減らすことが、少女の行動を大きく改善に寄与したことは確かだろう

 

<疼痛発症の脆弱性に発達特性が関わっているかもしれない>

小児慢性疼痛は女児に多いことが知られているが、特に小児の疼痛で目立つのは「母子の関わり方」に問題があるケースが多いという。 母親に甘えるタイミングを逃し、自己表現が乏しかったり、周囲とのコミュニケーションに問題が生じたりする例が目立つという*9発症の脆弱性のひとつに完全主義・真面目・几帳面など「本人の性格」が取り上げられるが、こういう部分に発達特性が関係しているのかもしれないと感じた。レトロスペクティヴなレビューだが、慢性疼痛のADHD合併率が2~3倍になるとのプレリミナリーな結果が出ていて驚きである*10

「痛みがある=それをなくすための薬物治療を行う」という概念を一度捨てて、まずは母子相互の関わり方や母親の性格気質にも気を配ると参考になるとされている。しかし、現実的にはそれを診察で内科医や小児科医のみで行うのは困難だろうから、本症例のように精神科医や臨床心理士の協力といったチーム医療も必要なのだろうと思う。 

 

 

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*1:リタリン®(ノバルティスファーマ)は現在はナルコレプシーへの適応となっている。コンサータと同じメチルフェニデートだが、製剤が異なるため薬価はリタリンが安い。乱用や依存症問題によって、2019年現在、ADHDへのリタリンの処方は適応外となっている。

*2:King S, Chambers CT, Huguet A, MacNevin RC, McGrath PJ, Parker L, et al. The epidemiology of chronic pain in children and adolescents revisited: a systematic review. Pain 2011; 152: 272938

*3:日本線維筋痛症学会 編:線維筋痛症診療 ガイドライン2013,p.13,日本医事新報社, 2013

*4:CBTは慢性疼痛には効果があるとされている治療法である。

*5:アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and commitment therapy: ACT)

*6:ペインスコアはNumerical Rating Scale (NRS)を使用していて、この評価法は痛みを0から10の11段階に分け、痛みが全くない=0、考えられるなかで最悪の痛み=10として、痛みの点数を数値で評価する方法である。

*7:この評価法は自己記入式質問票式で不安7項目(HADS-A)、抑うつ7項目(HADS-D)を0-3点で答え、その合計点で精神状態を評価する方法である。

*8:Numerical Rating Scale-Parents (NRS-P)を使用

*9:横田俊平,梅林宏明,宮前多佳子,他:小 児期の線維筋痛症3症例の経験.日本小児 科学会誌,111:462-468,2007

*10: Kaplan MS, Kaplan LR. Why do chronic pain patients have multiple accidents? Pain Med 2006; 7: 466. 758

自分を知り、自分をかえていく