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ADHDに対する10の神話(誤解)_後編

代表です。

新型コロナウイルスによる感染が拡大し、どうしても不安にならざるを得ない毎日ですね。
病床が逼迫している中、一部都県に緊急事態宣言が発出されたのも仕方の無いことと思います。
世界の一部の国々で始まったワクチン接種が日本でも早く始まって欲しい、と切に願います。


そんな状況ですが、今年もこのブログでは発達障害/特性に関連する情報を発信していきます。
どうぞよろしくお願いします!


さて、昨年の最後はADHD研究者Thomas E Brown氏の記事解説の前編でした。

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今日は後編です。
早速7番から。ちなみに10の神話...といいつつ11個あるんですが。

7.実行機能の発達的な障害であるというADHDの新しいモデルは、旧来のADHDモデルとは全く異なっている。

 ⇛ADHDの新しいモデルは旧来のモデルと重なる部分もあるが、本質的に幼い子どもの行動障害だという旧来のモデルとは多くの点で異なっている。新しいモデルではADHDの問題は、子供だけでなく、青年期から大人にかけての問題でもあると考えている。脳が複雑に制御する、自己制御能力に広範に焦点を当てている。旧来モデルは、多くの根幹部分では新しい病態モデルと重なっているものの、ADHDの複雑さや生涯に渡って持続する症候群だという側面を捉えきれておらず、もう通用しない。【回りくどい気がしますが、ADHDの問題は従来より広範にかつ持続的に生活に影響をもたらすと考えているということです。わざわざこう書いているのは、従来ADHDは子供時代の病気であり、成人すると治る、というような間違った認識があったからです。問題は子ども時代に限定されるわけではないから、継続的な対応が必要ですね。】


8.ADHDに関連した実行機能障害は、本質的には脳の「化学的アンバランス」のせいだ。
f:id:neurophys11:20161107052241j:plain:w300:right ⇛こういう表現がADHDを説明する時によく使われる。まるで化学物質が脳の周りの液体中(脳脊髄液)に浮かんでいて、単純にスープの中の塩分が過剰であるかのような。そういう見方は間違っていて、ADHDの障害は脳の中や周囲の全体的なもしくは特定の化学物質が過剰/不足という問題ではない。化学物質が作られ、放出され、再度蓄えられるのは、神経細胞同士が繋がりを持つ、シナプスレベルの話で(図参照)、極小の膨大な数のネットワークが脳の制御システムを操っている。ADHDの脳ではそこでの化学物質の放出が十分でないか、もしくは放出から再蓄積までの流れが早すぎてしまう。【ADHD脳の不具合は神経伝達物質であるドパミンやノルアドレナリンといった化学物質がミクロレベルの局所、すなわち神経接合部位(シナプス)での利用効率が非常に悪いということですね。化学物質が総量として足りないとか過剰というわけではないのです。】


9.ADHD者の中には処方薬が障害を治して、もう必要としない者もいる。

 ⇛ADHD薬の効果は、抗生物質が数日や数週で感染を治す、というのとは違う。ちょうどメガネが装着時にだけ視力を上げるものの、近視の目そのものを治すわけではないのと同じなのだ。ADHD薬の効力が持続するのは2時間から12時間ほどで、次第に効果を失う。但し、薬が要らなくなるADHD者もいる。脳の成熟が遅いタイプで、年とともに成熟する例がある。あとは環境が良くなる例、すなわち教師がよりサポーティブだったり、新しい仕事が以前のものより難しい実行機能を必要としなかったり、何かしらのサポートが加わったりという場合。こういった薬に依らない改善は一時的であったりも、あるいはとても持続的であったりもする。【治す、というのが根本的にADHD特性を無くしてしまうという意味でならそれは明らかに間違いですね。だからずっと薬が要るかというと、ここで指摘のように環境の改善により、薬の助力無しで適応が良くなることはあるし、そういうケースは多いのです。】


10. ADHDに対する薬が実行機能を改善させたり、何らかの改善を持続させるエビデンスはない。

 ⇛エビデンスはADHD薬の効果が複数の異なる側面で生ずることを示している。第1に画像研究により、薬はADHD者の実行機能に関わる様々な神経ネットワークの結びつきを改善させ、作業記憶を向上させ*1、課題実行時に退屈になることを防ぎ、人によっては特定脳領域の構造的な異常まで正常化させることがわかった。第2に適切な服薬治療は教室での不適切な振る舞いを改善させる(教室を出ていかなくなるとか)。さらに薬物療法は実行機能の様々な側面を向上させる。すなわち、計算課題における正確性とスピードを改善し、フラストレーションの溜まる作業を持続させ、作業記憶を上げ、課題に取り組むモチベーションを上げる。もっともどの子に対しても同じように改善させるわけではなく、あくまでもグループ比較において見られるということであり、また効果は薬が身体に留まっている間に限られる。【ここに述べられているように、ADHD特性に対して薬の効果は十分に期待でき、劇的なケースも多いのです。Brownはそれが薬が体内に留まっている時のみだと強調していますが、これに関しては私は少し違う意見も持っており、後ほど少し反論を試みます。】


11.(あれ?)ADHDの問題は時には成人早期にまで続くが、通常は中年までには消え失せる。

 ⇛ADHD特性の問題は単に症状だけでなく、症状が日常生活で向き合う問題に対処可能かどうかで決まってくる。幸運にも能力にはまった職業につけたり、ADHD者が難しく感じる問題に対処してくれるような同僚や秘書に恵まれた場合には、ADHD者もとても良く暮らすことが出来る。そういう人でも、より多くの能力を必要としたり、十分なサポートが得られない状況に陥ると、ADHD特性が問題になってくるだろう。同様に、その人のために計画を立てたり、食事を作ったり、家計を担い、日常の細々したことをケアしてくれる配偶者に出会えた場合には、快適に暮らし、別な側面で家庭に貢献できるだろう。もしそういったサポートが、病気、別居、離婚や死別によって無くなってしまうとADHD者は自分では対処できない沢山の問題に突然直面化されることになる。脳の成熟や環境の変化によって特性が目立たなくなるADHD者がいる一方で、中年期以降まで問題が続く場合もある。また、女性では閉経後に、男女とも年を経ることによってADHD様の特性が目立ってくることもある。人生の後年に入ってから生ずるADHDの問題に関しては十分な研究があるわけではない。【確かにADHD特性を持っていても、高い能力を持つ資格職に就いた方は、細々したことを周りの人がサポートしてくれていますよね...キーとなる人との離別、定年後の家庭生活、高齢による認知能力の低下はADHD者にとっての試練ともいえます。】

この項に関しては、以前女性のADHDの方が、小さい頃見逃されてしまうのでは?と書きました。
さらにBrown氏の書く通り、高齢となり認知能力が衰えた結果、それまでは問題とならなかったADHD特性が初めて問題となるケースもあるでしょう。


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 前回からADHD研究者のBrown氏の著作からの記事を紹介しましたが、ポイントは以下3つと考えています。

 1.ADHDの問題は、様々な課題をこなすことにおいて障害となる、実行機能障害にあり、それは単なる「やる気」で解決するものではない。
 2.ADHDの問題は適切な服薬でコントロール可能な一方、効果は服薬中に限られる。
 3.ADHDの特性は小児期・青年期に出現するだけでなく、中年以降になっても持続する。



Brown氏の主張をまとめてみて


普段外来でADHDの方と接している身として、ADHDの特性が診断基準で強調される、不注意・衝動性・多動の3つのみならず、実行機能障害が本態だというのは本当に同意出来る点です。特に「やる気さえ出せばいいはずだろ」という認識で接している周りの方には、ADHD者は脳の作りがそうでない方のようにやる気を持続させ、頑張らせる構造になっていない可能性があり、単に「気持ちの問題」では無いことに思いを巡らせて欲しいと思うのです。ですから、薬であったり、環境の調整といった、ADHD者の実行機能に対応した何らかの「仕掛け」が必要なのです。


それに対して、ADHDの予後に関しては若干悲観的に過ぎる気がします。以前ADHD脳は遅れて成長するという結果を書いたこともあるように、ADHD特性が後年ほとんど問題となっていない人が実際にいます。また、薬に関して、服薬により、「初めて霧が晴れた気がする」と語る方がおり、そういう場合、自分が調子の良いときに到達できる高みを初めて実感でき、「ああなればいいんだよね」と自分の中で目標設定ができるようです。また、服薬した上で身につけた対処能力が定着し、服薬をやめてもしっかりと能力を発揮できることはよくあります。というわけで服薬のメリットは必ずしも服薬中のみに限らないと私は感じますし、服薬しながら、もしくは環境調整を受けながらでも身につけた能力は、学習したときの好条件から外れても十分に発揮できることが多いのです。服薬を始めたら一生なのか?環境を良くしてあげるとその後大変な思いをしてしまうのではないか?と心配する支援者(特に保護者)の方には知っておいていただきたいことです。


遅れて成長するADHD脳に関しては、学術広報サハラの過去記事を参照ください。

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*1:作業記憶はワーキングメモリー(Working Memory)ともいいますね。作業・課題実行中に必要なだけの一時的な記憶能力のことです。例えばパスワードをログインの時だけ頭に留め置いたり、ゲーム中さっき出てきたことを覚えておいて次の作業の手がかりにしたりという時に働いています。数字だと訓練しない限り7桁程度が限界。前頭葉の高い能力が必要とされます。

自分を知り、自分をかえていく