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腸内細菌とうつ病

お久しぶりです、広報見習いの吉良です!

学業との兼ね合いのためお休みをいただいておりましたが、今回からまた様々なトピックを代表とご紹介できればと思っております。

引き続き、よろしくお願い致します!

 

さて、今回は「腸内細菌」が関わる話題です。

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腸内細菌については、免疫・がんといった病気の発症や治療と絡めた研究が非常に多く行われており、大変ホットな話題です。

私も時々ヨーグルトを食べて健康な腸内環境を!と思ってはいるのですが、なかなか習慣にすることが出来ずに迷走しております・・・。

 

この腸内細菌、なんと精神科領域でも注目されています。こころと細菌、初めて聞くといったいどんな関係なのか全く見当がつきませんでしたが、どうやら「脳」の機能と深く関わっているようです。

その中でも今回は「うつ病」と腸内細菌の関係について、紹介していきたいとと思います。

脳-腸-細菌!?

 「Brain-Gut-Microbiota-axis」[訳:脳-腸-細菌(微生物)軸]という言葉が近年出てきました(軸といっても経路と言い換えたほうがわかりやすいと思います)。細菌を始めとした腸内の微生物が脳機能に影響を与えているとする研究結果が増えており、もともと体に備わっている免疫機能を介した経路が存在しているという仮説が立ってきています。

 この経路の中でも特に重要とされているのが「炎症性物質」です。風邪を引いた時に熱が出る人は多いと思いますが、発熱は免疫細胞が放出する炎症性物質によって引き起こされています。Brain-Gut-Microbiota-axisは、腸内細菌が免疫細胞を刺激する事で放出された炎症性物質が脳に影響を与えているという仮説になります。

 

「認知機能」と腸内細菌

  今回紹介する論文が出版される以前に、脳機能と腸内細菌に関する研究は行われていました。例えば動物を用いた実験で、アルツハイマー型認知症の発症に腸内細菌が関与している可能性があるとの結果が出ています。更に、アルツハイマー型認知症患者に対して健康な人から採取した糞便を腸内に注入した(いわゆる「糞便移植」という技術ですね)結果、記憶や気分症状に改善が見られたという実験、うつ病における注意力・学習・記憶といった認知機能の低下には炎症性物質が関与しているという研究結果など「認知機能・炎症性物質・腸内細菌」の3者が密接なつながりを持っている可能性を示唆する研究がどんどん増えてきています。

 次の項目で紹介する論文は、腸内細菌の分布(どんな種類の細菌が多く存在するのか)と炎症性物質・うつ病における認知機能の関連性を調べたものになります。

Liuらの研究〜うつと腸内細菌~

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 一定レベル以上のうつ症状を有するうつ病患者66人・健常者43人を集め、最初に短期/長期記憶・言語・注意力など様々な面から認知機能検査を行いました。例えば「みどり」という文字が赤色で書かれており「文字の色を答えよ」とか「書かれている色を答えよ」という質問に素早く答えていくといったものです。なかなか難しいですね!*1

続いて参加者から糞便・血液を集め、糞便中の細菌や血液中の炎症性物質の種類・量などを調べました。これらのデータを基に、前の項で述べた3者の関連性を分析しました。

まずうつ病と炎症性物質の関連性についてですが、CRP(この値が高いほど体内のどこかで炎症が活発に起こっている可能性を示唆します)は健常者に比べうつ病患者において有意に高かったという結果が出ました。CRP以外の炎症性物質については差が見られませんでした。

続いて腸内細菌の分布については、細菌の種類がうつ病患者では健常者に比べ有意に少なく、種類そのものにも違いが見られました。例として、患者の糞便中には「Deinococcus」や「Odoribacter」という種類の細菌が多く存在していた一方、健常者の糞便中には「Bacteroides」「Alistipes」などの細菌が多かった、という結果でした。

 最後に3者間の関係については、「Clostridiaceae」や「Turicibacter」が多く存在する程うつ病の重症度が低い傾向を示しました。またうつ病患者においては「Bacteroidaceae」や「Bacteroides」が多く存在する程、炎症性物質CRPの値が高く、一部の認知機能検査において点数が低い傾向になるという結果でした。

 この論文で扱われた細菌の中には「炎症を起こしやすくする作用を持つ種類」や「炎症を抑える作用を持つ種類」が存在しており、最終的に著者は「うつ病患者において炎症を起こしやすくする細菌が多く、炎症を抑える細菌が少なかった事が、炎症性物質の量や認知機能の低下と相関していた」と結論付けています。

細菌からのメッセージ?

 精神科の疾患には家庭や周囲の環境・遺伝子などが関与していると思っておりましたが、細菌は私にとっては盲点でした。例えばこの研究がさらに発展し、うつ病など精神疾患の発症に強く関わる細菌が判明すれば、糞便中の細菌を調べる事で将来の発症リスクを予測し、生活上での注意点などメンタルケアをより的確に行う事が出来るようになるかもしれません。「あなたは将来、うつ病になる可能性が・・・」というメッセージを細菌が送ってくるというのは、いささか突飛な発想に見えますが、そうでもないのかなと。

 

そして今回はもう一つ、腸内細菌と深く関わってくる「食生活」について取り上げてみます。

食事には炭水化物・糖質・脂質・食物繊維などいろいろな栄養成分が含まれています。栄養バランスが崩れると肥満や糖尿病など様々な生活習慣病のリスクが高まります。

腸内細菌も食事と深い関わりを持っていますが、どの栄養成分が細菌に大きな影響を与えているのでしょうか。

私個人としては、脂っこいものを食べた次の日には胃もたれを起こした経験や、脂肪の多い食事は大腸がんのリスクになると勉強したので、腸内環境は脂肪が影響するのではないかと考えていました。

腸内細菌を左右するのは・・・~大事なのは食物繊維~

ところが先日代表から教えて頂いた論文には「脂肪ではなく、食物繊維だ」と私の考えをひっくり返すようなタイトルが付けられていました。どのような実験が行われたのか、見ていきたいと思います。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

実験では、マウスに対して標準食、低脂肪/低繊維食、高脂肪/低繊維食の3種類が用意され、最初は標準食を与えたのち食事を切り替えた上で性別や年齢によってグループ分けを行い、体重変化や腸内細菌の分析を1週間毎に行いました。

その結果、高年齢のメスマウスでは、高脂肪/低繊維食を与えられた方が低脂肪/低繊維食に比べてより体重が増加しましたが、それ以外では体重増加に違いは見られませんでした。

そして気になる腸内細菌の分析ですが、性別や年齢に関わらず、標準食を与えられていた時と低脂肪/低繊維食を与えられた時を比較すると腸内細菌の分布が有意に変化していました。加えて低脂肪/低繊維食と高脂肪/低繊維食で比較した場合には、細菌分布に差は見られませんでした。つまり、脂肪割合の変化ではなく食物繊維割合の変化が細菌分布に影響したという結果でした。タイトル通りの結果ということですね。

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興味深かったのは、論文内でも言及されていた「食事内容を変えてから1週間目に、細菌分布が変化していた」という事です。マウスとヒトでは腸の長さや食事内容などが違うので単純な比較は難しいかもですが、腸内細菌は食事に対してとても敏感であり、腸内環境は非常にダイナミックに変化しているのかもしれません。(実際腸内細菌の構成(腸内細菌叢といいます)は非常に繊細なバランスの上にあり、抗生物質服薬などでダイナミックに変わります。元に戻るのに相当日数がいるとかいないとか…)

最後に

 今回は2つの論文を通じて、うつ病の認知機能と腸内細菌という意外な関係・腸内環境に関わるのは食物繊維かも?、という事を取り上げました。もしかすると、我々が普段食べている食事は、生活習慣病だけでなくメンタルヘルスにも大きく関わっている可能性があります。

「腸は第二の脳」とか「腸脳相関」という言葉がありますが、そこに大きく影響するのが腸内細菌だとするとまだまだ研究は端緒についたという段階のようです。これから更に明らかになることが多いといいですね。

 

今回も、ご覧くださりありがとうございました!

 

*1:ここに紹介したテストはStroop(ストループ)テストとして知られるものです

自分を知り、自分をかえていく