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うつ病とモノアミン (1)

代表です。

今国内は一部の都道府県に対して3回目となる緊急事態宣言が出され、現実に関西圏は医療が非常に切迫している状況ですね。
そんな中ワクチン接種が開始されたもののその接種スピードにヤキモキしている方が多いかと思います。
私もその一人ですが、医療者としてはどうすれば状況が改善しうるのか考えたりしてはいます。良い答えは難しいのですが。

日本のワクチン接種状況に関しては日経新聞のサイトが参考になります。遅いとはいえ、すでに100万人が2回まで接種を完了しています。

vdata.nikkei.com



さて、今日は時折外来でも尋ねる方のいる、「うつ病のモノアミン仮説」について解説してみたいと思います。
「セロトニン仮説」と聞いた方もいるかもしれませんが、セロトニンはモノアミンの1種です。


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モノアミン仮説と製薬の歴史


モノアミンとは(脳科学辞典参照)、アミノ基(-NH2)と芳香環(亀の子です)を化学構造に持つ神経伝達物質で、セロトニン、ノルアドレナリンやドパミンなどがあります。


うつ病に関連して、一般的には、こういったモノアミンが脳内で不足していることがうつ病の原因と書かれているようなことがあったりしますが、「原因」かは不明です。ただ、今うつ状態であるとか、不安が強い状態にある病態の中では脳内でモノアミンの不足ないしは働きの不全が起きているだろうという仮説がうつ病のモノアミン仮説です。


なぜこの仮説が生まれたのか?といえばそれは治療薬の歴史にあります。


薬の開発過程は、

病態解明⇛治療薬開発

が王道なはずですが、
抗うつ薬は、

治療効果の偶然の確認⇛薬理作用の解明⇛同薬理作用を持つ化合物の確認

というサイクルから開発が進んできました。


     抗うつ薬(脳科学辞典から)


最初に抗うつ効果が確認されたのは1950年代、抗結核薬のイプロニアジドで、偶然の産物なのです。たまたまその薬は、モノアミンを代謝(≒分解)する酵素(モノアミン酸化酵素)の阻害作用を持っていました。次いで抗精神病薬(統合失調症の薬)として開発されていたイミプラミンが偶然にも抗うつ効果を持っており、それは神経と神経の接合部(シナプス)でのモノアミン(セロトニンやノルアドレナリン)を増やす作用を持っていたのです。*1

うつ病の薬を狙って開発されたのではなく、抗うつ効果という現象論ありきで薬が出てきた、というわけです。*2

その後は抗うつ薬をイミプラミンと同じ作用を持つものを探すことになります。
イミプラミンは現在でも動物実験において、とりあえず抗うつ効果を示す指標としての対照薬(開発中の薬と効果を比較するための薬)として使われます。うつ病の動物モデルというのは幾つかありますが、開発中の薬Aが抗うつ効果を持つ、と言いたい時にはイミプラミンと同様の効果を持つことからAは抗うつ薬として有望だと議論されるわけです。
実際、そのような抗うつ薬は動物実験上、脳内におけるセロトニンやノルアドレナリンを増加させる効果を認めるのです。

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とはいえ、モノアミン低下がうつ病の原因なのか、増やせば良いのか、という点に関しては決定打が欠けており、矛盾点もあることは以前より指摘されており、今もそのまま当てはまります。


代表的なものを2つ述べますと…

1. 抗うつ薬が回復者脳内のセロトニンやノルアドレナリンを増やす直接証拠は無い

まず、抗うつ薬がセロトニンやノルアドレナリンを脳内で増加させるのは動物実験では認められているものの、ヒトで直接の証拠はありません。


それは、例えばマウスを用いた実験では、マウスの頭蓋を開けて管を入れ、直接脳内から採集した脳脊髄液から各種物質の濃度が測定できるのに対して、ヒトではそういう実験が出来ないので、確認がされていないのです(脳画像機械による間接的な証拠はあります)。


また例えば、末梢血採血からセロトニン濃度を測ることはできますが、末梢血の濃度はうつ病の重症度や薬の抗うつ効果と相関しないことがわかっています。


そもそも人が持つセロトニンの大部分(90%)は小腸粘膜で産生されており、脳を含めた中枢神経系では2%ほどしか作られていないのです。(→セロトニンWikipedia)


ですからうつ病が重いからセロトニンが減っている、とか、回復したから上がってきた、なんてのは末梢血からは何も言えないわけです。


  セロトニン濃度を測定する、というクリニックがあるようです。保険が利かない検査だから自費で測定します。もしそういったクリニックでうつ病の重症度を把握するため、とか抗うつ薬の効果判定のために、といった理由でセロトニン濃度測定を提案されても断るほうがいいでしょう。セロトニンは書いたように末梢組織だけで沢山合成されており、そもそも脳内から出てこないし入ってもいかないのです。末梢血に増えていれば事足れりであれば、単にセロトニンを摂取すればいいのですが、それは特に意味を持ちません。


2. 抗うつ効果の時間差の矛盾

次に、仮にセロトニンやノルアドレナリンが増えることが抗うつ効果を発揮するというのであれば、抗うつ薬が効果を発揮するまでに時間差があることが知られています。


セロトニンやノルアドレナリンが足りないことがうつ病の病態で、薬がとにもかくにもそれらの脳内濃度を高めるのであれば、即効性があって良いはずです。ですが、実際には抗うつ薬が効果を発揮するにはおよそ2週間程度のタイムラグがあることが知られています。


とりわけこの矛盾に関しては抗うつ効果の謎として様々な仮説が出されていますのでこの件はまた抗うつ薬についての次回以降で取り扱いたいと思います。



そんなわけで、現在の一般的な抗うつ薬がセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミン系の神経伝達に関わり、効くからにはうつ病の病態として、それらの物質の濃度や神経伝達回路が関わっているのは確かだろう、という点は大方の研究者が同意するでしょうが、それ以上は確立したことが言えない状況がずっと続いているのです。


ところで抗うつ薬はどのくらい効果があるんだろう?


どんな薬もそうですが、効果は100%ではありません。副作用によって服薬の継続が無理だったり、同じメカニズムで効くはずの薬にも合う合わないがあります。


それは、薬が結合する受容体の分布が人によって違ったり(今のところそれを測定する簡単な手段は無い)、薬を代謝して身体から出すための肝臓の酵素活性が違ったり、他の薬や食事との飲み合わせなどが関係するということがあるからです。


抗うつ薬のうつ病患者への効果に関しては、アメリカ国立衛生研究所(NIMH)が主導したSTAR*D研究(2006年発表)というのが有名です。全米で7年間にわたり4041人の患者が参加した臨床試験によれば、1/3の患者が最初の治療薬で寛解(症状が問題ない程度に治まること)、4種類の抗うつ薬を連続してそれぞれ12週間ずつ、1年にわたって使ったとして寛解にいたるのは全体の70%でした。*3


    
1年で70%、という数字は、抗うつ薬のみを治療手段として考えた時には決して低くはない数字に感じます。それでも、正しくうつ病と診断して抗うつ薬を使っても、1年かけて治らない人が1/3近くもいるわけです。うつ病の病態仮説としても、治療薬としても、モノアミン仮説に基づいた薬物開発に限界があるのは明らかですね。


じゃあ、他の選択肢は?というとそれもまた長くなりますのでまたいずれ。


1つ言えるのは、薬はいくらメカニズムを考慮して開発しても、効かないものは効かないし、効くものは効く。臨床的には、厳密な臨床試験を経れば結果がわかるので、その結果を踏まえて、効くと証明された薬は治療の選択肢に入れないといけません。ただし、きちんと効果が出るためには、前提として診断が正しくないといけないのは言うまでもないことです。


正直に言えば、うつ病、はいつも必ず正しく診断されているわけではありません。
他の疾患や薬物服用により一見うつ病のように見えることもあります。

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図は日本うつ病学会のガイドラインから取り出しましたが、抑うつ状態を呈する身体疾患や、薬物というのは結構多いのです。うつ病診察においてはこれらを除外診断することや、適切な対応をすることが不可欠です。

環境が大きく気分に影響している場合にはいくら表面上のうつ病症状を見ても解決できないことが多いはずです。また、いわゆる躁うつ病(双極性障害)は「躁状態」が出てこない限り診断ができず、うつが先行していればうつ病と診断されていることが殆どです。

こういった前提と、そして恐らくは「抗うつ薬が効く」うつ病とそうでないうつ病があり、その辺りの見極めが抗うつ薬使用前にわかっていくことが今後の治療の進歩には必要と考えます。

私が医師になって20年以上経っても状況に大きな変化は無いのですけれども。


新版 うつ病をなおす (講談社現代新書)

新版 うつ病をなおす (講談社現代新書)

野村総一郎先生は、防衛医大の元教授。講演や評判を聞いた限りでは穏やかで頼りにしていい先生と思います。野村先生の著書で私が読んだのは「うつ病の真実」。抗うつ薬はセロトニンやノルアドレナリンの濃度を増やすことではなく、本来の状態になるように「揺さぶって」効果を発揮しているのでは、と。抽象的な表現ですが、感覚的には納得がいくものでした。

あの将棋の有名棋士先崎学氏がうつ病に苦しんでいたと驚きました。天才棋士である先崎氏がうつ病になり、自身の回復過程を詳細に綴った極めて個人的な体験記です。治療者的視点から参考になったのは、棋士だけに回復過程が棋力の回復と平行していることでした。九段(将棋界最高段位です)でもある氏がうつ病になると素人にも勝てないような段階から次第に若手の強い方と当たりながらステップアップしていく様子が描かれていますが、うつ病の回復過程が棋力というある意味定量的な物差しで示されていくのは不謹慎ですがとても興味深く感じられました。
個人的にはとてもお勧めしたい本です。

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*1:イミプラミンは三環系抗うつ薬に分類されるもっとも古い抗うつ薬の1つ。現在では第1選択になりえないのですが、新薬も効果自体はこの薬を上回ってはいないので、使うことはあり得ます。新薬に比して、心血管系や消化器系への副作用は強いことが問題。

*2:目的とは違う効果が偶然に発見されるというのは薬の歴史の中ではよくあること。統合失調症治療のための抗精神病薬(ハロペリドールやクロルプロマジン)も然り。近年ではバイアグラが有名。元々は狭心症治療薬として開発中の化合物でした。

*3:詳しく知りたい方は英語ですが→What Did STAR*D Teach Us? Results From a Large-Scale, Practical, Clinical Trial for Patients With Depression

自分を知り、自分をかえていく