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実生活で知能検査を活かすには?

こんにちは。スタッフの田汲です。
千葉県を含む一都三県では、緊急事態宣言が延長されましたね。ライデックでは、引き続き感染症対策を行いながらの営業を継続しています。
個人的にも、改めて感染対策を見直しながら過ごしていきたいところです。

今回は、少々久しぶりの知能検査に関するお話です。
知能検査でわかることには限界がありますが、その上で知能検査を活かす考え方について、例示しながらご紹介したいと思います。

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検査でわかること

今回も例に漏れず、病院やクリニックなどで実施されることが多いウェクスラー式の知能検査(主に5歳〜16歳を対象とするWISC、16歳〜90歳を対象とするWAIS等)を取り上げてお話したいと思います。
そもそも検査でわかる“知能”って?という話は、過去の記事でも少し触れていますので、よろしければ参照してみてください。

www.tsudanuma-ridc.com


ウェクスラー式検査では、基本的に「全検査IQ(FSIQ)」に加え、言語理解(VCI)・知覚推理(PRI)・ワーキングメモリー(WMI)・処理速度(PSI)の4つの「合成得点」が算出されます。
「全検査IQ(FSIQ)」は全般的な知的な力を数値化したものですが、「合成得点」とは、複数の検査得点を合成して算出した数値です。ウェクスラー式検査で見ることのできる力の下位カテゴリのようなものです。これらの合成得点が示す力は以下の通りです。

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全検査IQ含め、合成得点は統計学上の正規分布に基づき、90〜110の間が同年代平均的な値とされています。算出された値から自分の力が同年代平均の中でどの程度かを知ることができ、合成得点が示す力のでこぼこを知ることができます。
いわゆる知的障害は、知能指数がおおむね70以下であることが厚生労働省(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/101-1c.html)の定める基準の一つとなっており、FSIQ70はひとつのボーダーラインといえますね。

しかし、では値が低くなければいいのかというとそうとも言えません。
一概には言えませんが、一般的には合成得点間のでこぼこが大きいほど、実生活上の“本人の困り感”が大きくなるであろうと考えられています。
また、合成得点を構成する各下位検査の値がばらつくことも多分にあるため、その点も加味しながら個人の得意・不得意を解釈していく必要があります。

また、大事なこととして、この検査はさまざまな要因によって多少の数値の誤差が生じうる検査とされています。
そのため、合成得点の数値単体ではなく、数値の幅(=「信頼区間」)を用いて解釈することが推奨されています。
たとえば、「とある合成得点=105」で「信頼区間(90%)97〜112」だった場合、「90%の確率で97〜112の値が出る」と考えられます。そして、さまざまな要因によって97〜112程度の力の幅があることを前提に解釈することが推奨されている、ということです。

合成得点から想定される困りごと

では、それぞれのIQ値が平均から外れることによって、どんな困難が起こりうるのでしょうか。一般的な解釈をもとに、起こりうることの“ほんの一例”を以下の表に示してみました。

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今回は合成得点ごとに分けて書きましたが、それぞれの指標が示す困難さがこのようにある一方で、それぞれの合成得点のばらつきが絡みあって起こりうる困難や特徴もたくさんあります。

たとえば、「目的地にたどり着く」という課題を遂行する場合、

・言語理解<知覚推理の人:地図を見たり、目的地や建物の写真があるとたどり着きやすい
・知覚推理<言語理解の人:地図よりも「○○という建物を右に曲がって…」と言葉で説明された方がたどり着きやすい
といった感じの違いが起こりえます(これはだいぶ極端な例ですが…)。

その他の例として、

  • 処理速度<言語理解の場合:指示やものごとの理解=インプットはできるのにが作業=アウトプットがゆっくりorミスが多く、もどかしさを感じやすい
  • ワーキングメモリー<言語理解の場合:聞いたことをその場では理解できても、記憶や知識として定着しにくい
  • 言語理解<処理速度:単純作業は得意だが、言葉でのやりとりや推論は苦手

などなど…。
かなり、かなりざっくりとした解釈の仕方ではある、ということは重々ご承知おきいただきたいのですが、力のでこぼこによって困り感の現れ方が様々であるということが分かっていただけたでしょうか。
もっと言ってしまえば、合成得点の数値の高低によっても現実で起こりうる困難やその程度は異なるため、解釈の幅は本当に広いといえます。

知能検査と実生活とのギャップ

検査結果をフィードバックしていると、「数値は平均的と言われても、私は困っているんですけど…」といったように、数値とご本人の困り感とのギャップが生まれることが少なくありません。
そのようなギャップが起こる理由は、そもそも知能検査から測れる個人の力に限界があることが挙げられます。

今日のウェクスラー式知能検査の課題は、統計的根拠に基づく知能因子理論から検討され選ばれていますが、実はその理論も様々です(ちなみに、ウェクスラー式検査に大きな影響を与えた理論はCHC理論と言います)。各検査で用いる背景理論や、その理論が定義する「知能」は様々で、ひとつの知能検査で測れる能力は、人間のもつ知的な力の一側面に過ぎません。

また、Frith(2003)が述べるように、検査課題が社会的文脈からは切り離され抽象化されたものである、という点も挙げられます。
加えて、糸井(2017)が述べたように、教示の明瞭さや検査刺激の明確さ、中立性の高さ、感情価の低さ、課題に必ず正答がある等の特徴があり、課題に取り組むために使われる機能が限定的であることも、実際の生活場面とのギャップが起こりやすい理由だと考えられます。

たとえば、検査の結果では「ワーキングメモリー(WMI)=105」だったけど、会社では人の話が聞き取れずに困っている、という人がいるとします。
検査場面では、一対一の静かな場所で抽象化された課題をこなすため、純粋な聴覚情報への注意や記憶の力だけが測られます。
しかし、実際の生活場面では、刺激が多くうるさいオフィスで、話の流れや文脈を追いながら話を聞く必要があったりしますよね。複数人の会話から内容を汲み取らなければいけない場面もあるかもしれません。
検査場面よりもずっと複雑な状況で、多くの能力を駆使しなければいけないことが想像していただけるでしょうか。

困り感の対策の考え方

 実生活で起こりうる困り感に対してどのように対策するか、その考え方はさまざまです。
ここでは、架空の人物Aさんを例に挙げて考えてみましょう。

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Aさん:エンジニア職、20代男性
主訴:仕事の指示が覚えられない。いつもの作業はいいが、突発的な仕事が入るとパニックになり、ペースが崩れてしまう。仕事が終わらず残業が増え、疲労感と抑うつ感から精神科クリニックを受診。
WAIS-Ⅳを受検し、以下の検査結果となった。

<検査結果>
・言語理解=112(信頼区間 104〜120)
・知覚推理=102(信頼区間 94〜111)
・ワーキングメモリー=96(信頼区間85〜107)
・処理速度=82(信頼区間 75〜94)
(※合成得点の数値と信頼区間は全くの架空のものです)

<所見>
 臨機応変にやり方を試行錯誤すること、ものごとを多面的に捉える苦手さがあると思われた。手作業は丁寧だがこだわりがうかがえ、素早くこなすことは難しいであろう。ワーキングメモリーには力のばらつきが見られ、聴覚情報保持の容量は多くないと考えられた。
 一方で、視覚的な理解は良好で、特にパターンを捉えることは得意だろう。また、偏りがあるものの、言葉を使って知識を得ることにも秀でていると考えられた。聴覚情報は、自分なりの方略を使って頭の中で整理した方が比較的覚えやすいと思われる。

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 検査結果から対応策を考える場合、ざっくりと分けると、①自分の中で得意な力を活かす ②環境を整える ③周囲の助けを借りる ④トレーニングする、といった要素があるように思います。

 このAさんのケースの場合、たとえば仕事の指示の覚えづらさには、ワーキングメモリーにおける、「覚えられる聴覚情報の少なさ」が影響していると考えられます。そこで、「自分なりに指示を復唱する」「メモする」「ボイスメモを使う」「指示をメールやチャットで送ってもらう」等、覚えにくい前提で対策を考えることが有効でしょう。
 突発的な仕事でペースが崩れることには、「臨機応変な対応の苦手さ」「作業のゆっくりさとこだわり」などが関連している可能性が推測されます。そこで、「作業時間や突発的な仕事に割く時間を踏まえてスケジューリングする」「スケジュールはエクセルなどで見える化する」「ふられる仕事のパターンや進め方を整理し把握しておく」などの対応が考えられます。パターンを捉えたりマニュアル化すること、見える化するといった対応は、①自分の中で得意な力を活かすに当てはまりますね。
 また、検査結果を踏まえて仕事のやり方を上司に相談することもできるかもしれません。これは②環境を整える・③周囲の助けを借りるに該当します。成人になると、職場などの社会的な場面で配慮を求める難しさがあるとは思いますが、環境や周囲との関係性次第では、相談してみることも一つの手ですね。

さいごに

 今回は、具体例をなぞりながら、検査結果からどんな日常の困りごとがあるのか、対応策をどう考えればいいのかを紹介しました。
 検査の数値からは、もちろん “一般的にみられる困り感”が明らかになります。しかし、数値の大小や数値間の差による違い、数値どうしが掛け合わさることで起きること、検査で測れることの限界があり、検査結果の解釈はとても幅広いのです。
このことを踏まえ、ご本人の困り感とどう照らし合わせて解釈し、受検された方の自己理解や対応策に繋げられるか、ということが大事なのではないでしょうか。
すべての困り感が検査結果で説明できるわけではありませんが、時間もお金もかかる検査、どうか受検された皆さんのお役に立つものになるよう、心理士の一人として今後も考えていきたいと思っています。

自分を知り、自分をかえていく