こんにちは。株式会社ライデック(発達特性研究所)の学術広報 佐原です。
つい先日、友人から
「発達障害かどうかってどうやって決めてるの?」
と聞かれたので、ついDSM-5の診断基準から話すことになったのですが…DSM-5の診断基準が曖昧なだけに「そういえば人によって確定診断の方法って異なるよな」と思い、今回はまとめてみることにしました。
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目次
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<検査で白黒付けられない>
発達特性の傾向は、子どもであれば両親や学校の先生、成人であれば友人や配偶者など、そして本人でもなんとなく気づけますよね。最近はメディアでも発達障害が取り上げられ、ネットの情報も多くなってきましたから、医療関係者でなくても「発達障害かも・・・?」と自己判断ができるようになってきました。 それでも最後は、確定させる(白黒付ける)ために医師の診断が必要です。
それでは、医療機関ではどのように診断しているのでしょうか。実は発達障害の確定診断となる検査はありません。インフルエンザ感染症のように「陰性 or 陽性」と白黒つけられる病気とは違います。発達障害は検査ではっきりと確定診断できるものではありません。
実際、発達障害のアセスメント(評価)は高度な医療機器を用いる訳ではありません。血液検査をしても、脳画像(MRIなど)検査をしても、脳波検査をしても発達障害固有な指標が表れるわけではありません。別の疾病との鑑別のために検査を行うことはあっても、直接の診断のために用いるのは問診と心理検査が中心で、最後は医師の主観による判断になってきます。
<発達障害の診断マニュアル>
そうは言っても参考にしているものはあります。多くの医療機関で発達障害の診断に用いられている診断基準は、アメリカ精神医学会で出版されているDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:精神疾患の診断・統計マニュアル)です*1。1952年のDSMⅠ(初版)から改訂を繰り返しながら、2013年にようやく第5版です(疾患の名称が変わったり、新たな疾患分類や失くなる疾患分類が出てくるのは改訂のためです)。 DSM-5の診断基準に記述されている発達障害の項目を見てみると、検査で確定診断できない理由が分かります。
下記はDSM-5のADHDの診断基準を軽く書き出してみたものです。この(A)〜(E)を全て満たせば、ADHDということになります。
いかがでしょう?特に(A)の症状は「あり or なし」の判断が非常に難しいように感じませんか?子どもであればみんなが当てはまりそうな症状がいくつもあります。このように、診断基準は非常に曖昧な表現になっています。
「発達障害ってこういう特性があります」「こんな症状がある場合は別の疾患かもしれません」と分類して定義づけているDSM-5だけでは診断できません。発達障害の診断ガイドラインを読むと、神経学的諸検査や心理学的諸検査、そして丁寧に聞き取った生育歴、家族歴、現病歴などの結果を総合的にまとめて評価するべきだと書かれています。しかし、診断・評価ツールは数多くあり、その中からどれを実施するかは専門機関に委ねられているのが現状です。
定められた診断・評価の手順はありませんが、ガイドラインとなるものはあるようです。以下のように、専門家向けの書籍もいくつも販売されています。十人十色な発達障害の診断には、多種多様なツールを独自に組み合わせて使っている専門機関が多いのではないでしょうか。
<医師から見た発達障害>
「医師も診断に悩みを抱えている?」
はっきりと白黒つけることが難しいとは言っても、白黒つかないと困りませんか?薬の処方であったり、行政的な手続きをどうするのかなどなど、その後の治療の先行きが見えてきません。グレーゾーンであっても最後は医師が判断する必要が出てきます。
”発達障害の診療経験のある医師100人に聞いたアンケート”の結果をみると、診断する上での課題や問題点として1番多かった回答が「診断基準の精度」です。 つまり、医師も発達障害の診断には苦慮しているのが現状です。
<発達障害専門の外来>
「発達障害専門外来で診断する意味とは?」
発達障害の専門外来というものがあります。通常の外来で発達障害の診断するのとどう違うのでしょうか。
弊社代表はライデックの横にあるクリニックで「発達特性外来」という専門外来を開いていますが、専門外来の違いは「診察にかけられる時間」にある、と言っています。
やはりしっかりとした時間を取れる、ということに尽きるかと。そもそも精神科の初診というのは病院にたどり着くまでの生活歴を詳しく聞くものです。そして、発達障害診断をするためには、とりわけ詳しく幼少期からの生活史を聞く必要があります。親からの情報が必要であることも多い。来院者が未成年で親と一緒に来た場合には、本人+親→本人のみ→親のみ→本人+親、という形で話を聞くことも多く、一際時間がかかるもの。幼少期から現在までの生活史を聞いた上で、生活のどんな場面で目立ち、困りごとに繋がっている発達特性があるのかを探り、その中で医療が果たしうる役割は何かを考えるのには時間が必要です。
ということでした。
診断のボーダーラインは医師によって異なると思われます。過剰診断な医師もいれば過少診断な医師もいるでしょう。とあるクリニックでは「ADHD」、とあるクリニックでは「ASD」、そしてとある大学病院では「診断なし」ということも起こり得ます。それは現行の「数字で決められない」診断基準に則ると必然なのかもしれません。
私は昭和大学附属烏山病院にデイケアの見学に行ったことがあるのですが、ある先生が「発達専門外来で発達障害ばかり見ているとみんな発達障害に見えてくる」と語っていました。確かに、発達障害のことを知れば知るほど、その特性が目に付きやすくなります(逆に言えば、知らなければ特性が目につきにくいということでもあります)。それでも、発達障害に詳しい医師に診断してもらう方が良い理由は、多くの発達障害の特性を診てきた分「診断の線引き」がそうでない医師よりは明確な可能性があるから、と私は考えています。ですが、代表に言わせると、「そうでもない、迷う事例は沢山ある」ということでした...。
<診断は絶対ではない>
「心理検査をして〇〇の値が70未満だったので発達障害です」
「遺伝子検査をして△△遺伝子の欠損が見つかったので発達障害です」
「脳画像検査をして××領域の賦活(脳血流量)が少ないので発達障害です」
もちろん、こんなことは言えません。
現行のDSM-5の診断基準は「目に見える症状」を分類上の疾患としています。逆を言えば、身体疾患で重視される「原因の推測」は可能な限り廃された診断基準なんです。一部のクリニックでは、脳波検査や心理検査の数字データをもとに発達障害と診断しているという話を聞きます。中には、科学的に証明されている正しいこともあるかもしれません。しかし、あくまで発達障害か否かを判断するのに優先して採用されるのは、「診断基準に当てはまる症状があるかどうか」です。
以前、弊社の代表がHPでこんな図を紹介していました。
尚、いつも思うのですが、こういったASD/ADHDを縦横軸にしたグラフを作ると(これは学会で拝見した信州大学の本田秀夫先生のスライドを参考にして作っています)、どの方もどこかしらに位置づけることが出来ると感じます。ですから、発達特性の問題というのは他人事では無いはずで、自分がどのあたりにいるのかな、と見つめ直すのも気づきがあるんじゃないですかね。
(ライデックHPより)
私も学会で拝見していましたが、誰しもが発達特性を大なり小なり持っているという考え方にはとても納得しました。私の個人的な意見ですが、診断の有無はあまり関係がないような気がしています。それよりも、上の図にあるような「生活上の問題」となっている部分を解消していくこと、すなわち診断の後の支援が重要だと思っています。
症状だけを捉えると、恐らく知識があれば誰でも発達障害の診断はできるかもしれませんが、専門機関で時間をかけて様々な検査を行うことにも大きな意味があります。それは、検査の結果が治療・支援を組み立てるための判断材料になるからです。医療機関は、診断によって白黒つけることにこだわるよりも、その特性を知ってうまく生きていくことを一緒に考える方が大事なのかなと思っています。
本来は診断の基準に引っ張られることなく、個人に合わせて適切な治療・支援が行われるべきだと思っています。
東京の発達障害クリニックのTweetを見て下さい。
現在の保険医療制度は「診断に対して治療を行う」ことが前提となっています。このことは、本来は医療機関の中だけの問題ですが、福祉や教育にも影響し「診断がなければ支援に繋がらない」事態につながってしまっています。
— 発達障害クリニック (@dd_clinic) 2020年1月6日
診断と支援のニーズは必ずしも一致していないということですね。診断基準に当てはまっていても生活に問題の生じていない人もいれば、診断基準未満だけれど生活に支障が生じている人もいます。ただ、診断名をつけなければ治療が行えないのであればつけるべきなのかもしれません。もっと柔軟に発達障害の評価ができても良いと思うのです。
特別支援教育を進める学校現場において、発達障害のある子どもも含めて、その理解と支援にWHO(世界保健機関)のICFを活用しようとする実践が増え、また、それらの動きを受けて、中央教育審議会の特別支援教育専門部会でICFの活用の必要性について議論されました。
(画像出典:LITALICO発達ナビ)
さて、ICFの具体的な活用の例としては、ICFの構成要素である心身機能・身体構造・活動と参加・環境因子の分類項目を用いて子どもの評価を行った後、その結果と健康状態と個人因子、さらにICFには含まれない本人の主観等を加えて、ICFの概念図を模した「ICF関連図」を作成し、子どもの実態と課題を整理する取組などが挙げられます。これらの一連の作業は、個別の教育支援計画の中に位置づけられることが多く、あらゆる利用者間の共通言語としての性格を有するICFの特性を生かし、ICFの枠組みで整理された情報を多職種間で共有し、連携のもとで支援につなげる例等が報告されています 。
(画像出典:LITALICO発達ナビ)
ICF及びICF-CYは、障害のあるなしにかかわらず、すべての人の健康に関連する生活の状況を表すことを目的としたものです。したがって、発達障害等の診断名にとらわれすぎず、生活の中での課題やニーズ、そしてその背景を考える際に役に立つツールの一つとしての活用が可能であることが見えてきました。そのような特徴に基づくと、次のような実践への活用の可能性があることが分かってきました。(1)具体的な診断名はないが特別な教育的ニーズがあると思われる子どもの理解や支援への活用、(2)発達障害への指導実績のない特別支援学校の教員によるセンター的機能の一環としての小・中学校等の子どもの理解と支援への活用、(3)子どもだけでなく、保護者や教員の理解や支援への活用。
(【36】ICF及びICF-CYの活用:試みから実践へ-特別支援教育を中心に- - 発達障害教育推進センター)
ここまでは発達障害に白黒つけられる検査はなく、診断基準が曖昧で医療機関も苦悩しているというお話でした。そうは言っても、発達障害を評価する統一的な規格は必要ですから、多くの研究者が診断の精度をあげるためのアセスメントツールを開発しています。次からは、発達障害の具体的な検査方法と発達障害に特化した検査について紹介していきます。
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発達特性研究所 (RIDC: Research Institute of Developmental Characteristics)
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*1:日本の行政や一部の病院ではWHOの国際疾病分類(ICD)を採用していますが、ICDとDSMは原則対応した分類を作っています。DSMで診断した後、ICDのコードをつける必要があり、実際ICD-11とDSM-5は多くの分類で対応しています。DSMは臨床の診断、ICDは国の統計や研究で用いられている印象を受けます。